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カカオ100%はいらない 1 (銀魂/銀土)

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そこは正に戦場だった。
 やるかやられるか――二対の結果しか存在ない、謂わば生存競争のような場で、少しでも油断を相手に見せれば結果が見えてしまう厳しい土俵だ。自ら進んでその場所に立ったわけではないとはいえ、一度そこに立ってしまった以上そこから降りる訳にはいかない。降りるのはすなわち敗北を意味するのだから。
 負けず嫌いが幸いしてか、それを選択することだけはなかったが、一つ問題があった。目の前に向き合って対峙しているのが土方だということである。
 何でこんなことになっているのか、答えてくれる者がいるなら是が非でも聞いてみたいところだったが、残念なことにそんな人間は一人だって存在しない。だからこうして土方と向き合ったまま膠着した状態がさっきからずっと続いていたのである。
 銀時と土方との間に疾る空気は張り詰めた鋭く硬いピアノ線のようだった。お互い一歩も動けない。――否、動かないと言った方が正しいのだろう。
 握りしめる木刀すら微動だにせず、銀時は土方が動くその瞬間を待っていた。
 そして。

 がっっ!!!

 素早い動きで土方が動いた。
 訪れた衝撃と共に激しい音が銀時の耳元で響く。瞬いたような僅かな時間で取れたのは大きく飛び退ることだけだ。防御こそ最大の攻撃なり。――というわけではなく、ただ単純に咄嗟の反応で出来たのがそれだけだったという話だ。
 勢いよく鋭い土方の刀は銀時が咄嗟に飛び退って背後に現れた部屋の壁に突き刺さった。
 はらり、と切れた銀時の毛先が地に落ちる。
「…………なんか本気っぽくね?」
「当たり前だ。殺すつもりでやってんだからな」
 冷や汗を感じながら両手を掲げる。一度土方の刀を折って負かせたとはいえ、一般人にすら鬼の副長と謳われるほどの実力の持ち主だ。本気で向かって来られたら、手加減して勝てる程甘くはないだろう。
 尤も、今の土方は手加減する気が全くないのがその言葉からありありと見えるが。
「理由がまったく見えねぇんだけど?」
 土方がなんで怒ってるのか、銀時には全く検討すらつかない。
 今日は土方が来る日で、自分はそれを朝起きてから今か今かと夜になるのを楽しみにしていて、あまりにも酷かったのか神楽は帰宅する新八について行って出掛けてしまった。いよいよ後は土方が来るだけだったというのに、今はこの有り様だ。
(ていうかバレンタインなのに何でこんなにバイオレンス!?)
 もっと甘い何かがあるはずだったのに、現実と理想のギャップは奇しくも対極の位置にある。
「つーか、俺何かした?」
 壁に突き刺さったままの土方の刀と土方の顔を交互に見ながら銀時の問いがその場に響いた。




「じゃあ銀さん、本当にいいんですね?」
「ああ、どうせ今日も仕事来ねぇだろ。だったらたまには早く帰ってだらだらしてろ」
 念を押すような新八の言葉に銀時は頷いて、テレビの画面から目を離してそう言った。時間はまだ昼を少し過ぎたばかりで、当然ながら辺りも明るい。
「……仕事が来ないんじゃなくて、今朝アンタが電話線切ったんだろうが」
「新八、マダオに何言っても無駄アル。マダオはマダオらしくぬるぬるしてるのがお似合いヨ」
「……神楽ちゃん、そんな言葉何処で覚えて来たの?」
「何言ってるヨ。人は皆毎日大人の階段を登ってるアル。銀ちゃんもマヨラも皆そうやってぬるぬるしながらマダオになったって姉御言ってたネ」
 得意気にそう言って神楽は銀時の目の前を横切って玄関の方に向かって行く。その背を見ながら数年後の神楽の行く末が不安になった。土方が来るたびに何かと理由をつけては新八の家に泊まるように言っているが、そもそもそれは間違っているのかもしれない。
 次からは大家のお登勢のところに行ってもらおうか、と考えていると新八の声が再びかかった。
「じゃあ銀さん、今日はこれで。僕達がいなくてもちゃんとして下さいね」
「あーわかったわかった」
 ホントかなぁ、と呟きながらも新八も先に出た神楽の後を追うように玄関へと消えていく。二人のいなくなった万事屋はつけっ放しにしているテレビの音だけが聞こえた。




 見たい番組も特になく、テレビのチャンネルを次々と変えることにすら飽きた銀時は、切れた――正確には切った――電話線を買う為に外を出た。スクーターを使おうかと思ったが、先日修理に出してしまったのを思い出してそのまま歩いている。
 土方は夜にならないと来ないし、特に他の用事があるわけでもない。ゆっくりとぶらぶらしても夕方までに戻れば問題ないだろう。
(そういや、今日バレンタインだっけ……)
 店先に出されたワゴンに集う女の集団が視界に入る。人だかりが凄くてワゴンの中身まで見えないが、それがチョコレートであることは容易に想像できた。
 銀時も大の甘い物好きだが、チョコレート一つの為にあの人だかりの中に入っていこうという気にはならない。
「…………やっぱチョコより土方だよな」
 本人が聞いたら本気で斬りかかってきそうな呟きを漏らしつつ、人だかりの前を素通りしようとして、正面に見えた人影に銀時は足を止めた。
「久しぶりだな、銀時」
 煙管を片手に立っている女。
 片頬にある傷が特徴的で、鋭い瞳をたたえた面持ち。
 忍びともとれるその姿は、吉原の自警団『百華』の頭領、月詠。
「なんだ、珍しいじゃねぇか、こんなとこまで来るなんてよ」
「ちと日輪の遣いでな。どうしても今日中にと言われたのでわっちがきたのじゃ」
「日輪に?」
 おうむ返しに尋ねながら足の不自由な遊女を思い出す。
「ああ。晴太の店が今忙しいらしくてな。わっちなら時間さえ合わせれば数時間程度の遣いくらいなんとかなるだろうと日輪に言われてな」
 なるほど、そういうことか。
 今の月詠の言葉を聞いて大々の意図は読み取れた。
 日輪は月詠をなんとか休ませたかったらしい。
 月詠の師匠の一件で、日輪のいる吉原を護ることに命をかけてると言っても過言ではないくらい、月詠が日輪と吉原を大切に思っているのは端から見ても明らだった。吉原の為に動く彼女を日輪は心配していて、時々適当な理由を付けてリフレッシュさせているようだ。銀時がそれに駆り出されてしまったこともある。
 今日のこれもきっとそうなのだろう。数時間、と月詠は言ったが、日輪としては一日月詠を休暇させるつもりなのだ。
 だが、一つ不思議なことがあった。
 日輪が例え口実とはいえ月詠を地上に遣いを出す程の用事とは一体何なのだろうか、ということだ。彼女達は鳳仙の支配が長く続いたことから地下――吉原での暮らししか知らないはずだ。加えて日輪は逃亡に失敗したのが原因で足が不自由だ。地上に用がある程の知り合いがいるとは考えにくい。
「ほれ」
「……は?」
 懐から出した小さな包みを銀時の目の前に差し出されて、思わず間抜けな声を出す。
 包みはどこからどう見ても、今しがた通り過ぎようとしたバレンタインチョコレートのワゴン販売をしていた店のものだ。しかもこの時期特有のラッピングなのか、赤を基本色としたデザインでリボンもふんだんに使っている。現に、店で買ったらしい女達が目の前に差し出された包みと同じ柄のものを持っていた。
「日輪からじゃ。おぬしに渡すようにと」