カカオ100%はいらない 2 (銀魂/銀土)
怪しいというよりも危険さを孕んだ笑みを浮かべた土方の表情は、どんな凶悪犯よりも恐怖に値する。もともと目付きの鋭い男だが、ここまで凶悪な土方の顔は銀時でも見たことがない。
(遺言って何ィィイイイイイ!!?)
思いっきり顔をひきつらせて退路を確保するべく、後方へと退っていく。
そんな銀時を見下ろして土方は一歩も動く様子はない。じわりと緊張感だけがその場に漂っていた。
「年貢の納め時だ。――いざ、」
銀時の喉元から刀を引いて、腰を低くする。
何度か見かけたことのある構えの姿勢。近藤や沖田とは少し違って見えたから、恐らく土方独自のものなのだろう。型のない剣術は荒々しくて、慣れない者にとって非常に厄介だと聞く。だが、銀時も師事を受けたとはいえ、土方のそれと似たようなものだ。
力量も条件も五分五分。勝敗は長引かせず如何に短時間で決するかが鍵だろう。
取りあえずは、自分の愛用の木刀を手にするのが先決だ。
木刀を取りに走り出す隙は、土方が構えから攻撃に移る一瞬しかない。
「参る!」
(今だ!!)
土方の掛け声を合図に、銀時は駆け出した。
玄関から居間に通じる板目の廊下を走る。
築年数もそこそこ経っているせいで、床を踏む度に激しい音がした。土方との距離を取ろうとしているさじ加減も加わって、勢いも加速して地を蹴る力も普段の数倍で響いている。大家のお登勢に後で怒鳴られそうだが、今はそれどころではない。
屈むような体勢のまま大股で土方の攻撃から逃げていく。なぜこんな目にあってるのかだなんてこの状態では考える余地なんてない。
「ぬおぉぉぉおおおっ!!?」
銀時が居間に足を踏み入れたところで、大きな一撃が送られた。紙一重のところでそれをかわして、恐る恐る背後を振り替えると刀を振りかぶっていた土方の姿が見えて、慌てて身を捩る。
「ちっ……」
攻撃を外したことがひどく残念だったのか、土方は舌打ちして刀を構え直す。その構え方から中段攻撃だと予測して、攻撃のタイミングを計って身を低くした。そして、土方の繰り出した攻撃は銀時の予想通り中段攻撃で、屈んだ銀時の頭上のすぐ上を掠めて通り過ぎる。
その後に続く刀の軌道をなんとか読んでかわしながら、自分の木刀の位置を探る。
「随分余裕じゃねぇか!」
チラチラと視線を移ろわせながら木刀を探す銀時に攻撃を出しながらそう言った。
「そりゃどーもっ!」
なんとか攻撃をかわすのがやっとの銀時は防戦一方で、部屋のあちこちはもうボロボロだ。障害物の多い部屋は土方の刀を鈍らせるが、同時に自分の動きの妨げにもなっている。いくら勝手の知る家の中と謂えども、戦い慣れている土方が相手ではあまり通用しない。
ソファーの背面側に回って攻撃を凌いでいるが、あまりにも傷つき具合が酷いので壊れても不思議ではなかった。
とにかく何としてでもこの場を凌いで乗りきらねば。
だが、次々と繰り出される攻撃は寸分の隙がまるでない。流石は真選組の副長の席に就いているだけはある。自分も土方に引けは取らないだけの腕を持っている自覚はあるが、何せ自分は今丸腰だ。土方の本気の攻撃に丸腰ではかなり分が悪い。
せめていつもの自分の木刀があれば。
攻撃を避けながら視線をさまよわせること暫し。
「――あった!」
「させねェよっ!!」
向かいのソファーに立て掛けてあった自分の木刀を見つけた銀時は声をあげる。だが、その声で土方も銀時が何をしようとしたのか気付いたらしい。大きく力強い刀の軌道が一閃するのが見えた。
「あっぶねェェェエエエエエっっ!!」
叫びながらも上手いことテーブルを乗り越えて向かいのソファーの裏側に着地する。
恐る恐る顔半分だけ覗かせると、天井から垂れ下がっていた蛍光灯の紐が数十センチ切り落とされているのが見えた。少しでもタイミングが違っていたら間違いなくこうなっていたのは自分の方だろう。
「お家ン中では危ないから刀振り回しちゃいけませんってお母さんに教わらなかったのか?」
「俺の家じゃねぇから関係ねぇな」
「屁理屈だろ、ソレ!!」
理不尽な土方の言葉に悲鳴じみた声をあげる。しかし土方は、知ったことか、と吐き捨てるように言って銀時を睨みつけた。
「それにしても本当につくづく運のいい野郎だな、テメーは」
「………………そうか?」
バレンタイン当日に恋人に殺されそうになってるこの現実のどこをどう見たら運のいい人間と結びつくのだろう。少なくとも自分はそう思えない。
「まあ、何はともかくこれで五分五分だ。せいぜい楽しませてくれや」
「いや、すんごい遠慮したいんですけど、俺」
「遠慮すんな、今日は特大サービスで土方スペシャル特盛をおまけにつけてやる」
「いらねぇぇぇえええええっっ!!」
絶叫して飛びかかってくる土方を避けて銀時は攻撃から逃れた。先ほどテーブルを乗り越えた時に木刀は拾ったが、あくまでも防衛の為で土方とまともにやりあう気はない。いつぞやの屋根上の攻防の時も土方に言ったが、てんで戦うことに意味がない。理由なき刃はただの暴力でしかないのだ。
土方はよく知っているはずだ。銀時が理由もなしに動かないのを。
土方も同じはずだ。理由もなしに刀を振りかざすことをしないのは。
(埒があかねぇ!)
土方の攻撃を防ぎながら毒づいて、銀時は木刀を一閃させた。
護りの攻撃。
予測通り、土方は後方に跳躍して銀時の攻撃をかわした。
「やっとやる気になったか?」
口の端をつり上げてそう言った土方はどこか楽しそうに聞こえた。昔は喧嘩師だったというこの男のことだから、銀時と本気で仕合えるのが楽しいのだろう。
「……」
銀時はしかし、土方の問いには答えなかった。いや、答えられなかったのだ。
薙ぎ払った軌道が本当に防御の一閃だったのか。確かにそれもあるだろう。しかし、心のどこかでこうして土方と本気のやり取りをしている自分も密かに存在していて、完全にそうとは言いきれない。
『……』
沈黙が二人の間に停滞して大きな壁を作っている。
ただじっと期を伺いつつも、互いに相手の隙を突こうと探り合っている。ここは戦場の空気に似ている。本物の戦場はもっとどろどろとしているが、ここにある緊迫感は紛れもなく戦場にあるものとそっくりだ。
しかし、この空気を打破しないことには何も変わらない。どちらかが動かないことには何も進展しない。あと少しこうしていてこのままの状態が続くなら、こちらからけしかけよう――。そう銀時が思いかけた時、土方が動いた。
がっっ!!!
瞬間的に攻撃を悟って木刀で土方の刃を受け止めて後方へ飛び退る。土方もそれをわかっていたようで、連戟を銀時に向けた。そのことごとくを受けたが、どうにも体勢が悪い。攻撃は読めたが、反撃には至らず、どう見ても土方の方が優勢だった。
「…………なんか本気っぽくね?」
壁際にまで追いやられて土方の刀が壁に突き立って、ようやく二人の動きは止まった。ぽつりと漏らした銀時の言葉が部屋に響く。
「当たり前だ。殺すつもりでやってんだからな」
そうだろうな。
(遺言って何ィィイイイイイ!!?)
思いっきり顔をひきつらせて退路を確保するべく、後方へと退っていく。
そんな銀時を見下ろして土方は一歩も動く様子はない。じわりと緊張感だけがその場に漂っていた。
「年貢の納め時だ。――いざ、」
銀時の喉元から刀を引いて、腰を低くする。
何度か見かけたことのある構えの姿勢。近藤や沖田とは少し違って見えたから、恐らく土方独自のものなのだろう。型のない剣術は荒々しくて、慣れない者にとって非常に厄介だと聞く。だが、銀時も師事を受けたとはいえ、土方のそれと似たようなものだ。
力量も条件も五分五分。勝敗は長引かせず如何に短時間で決するかが鍵だろう。
取りあえずは、自分の愛用の木刀を手にするのが先決だ。
木刀を取りに走り出す隙は、土方が構えから攻撃に移る一瞬しかない。
「参る!」
(今だ!!)
土方の掛け声を合図に、銀時は駆け出した。
玄関から居間に通じる板目の廊下を走る。
築年数もそこそこ経っているせいで、床を踏む度に激しい音がした。土方との距離を取ろうとしているさじ加減も加わって、勢いも加速して地を蹴る力も普段の数倍で響いている。大家のお登勢に後で怒鳴られそうだが、今はそれどころではない。
屈むような体勢のまま大股で土方の攻撃から逃げていく。なぜこんな目にあってるのかだなんてこの状態では考える余地なんてない。
「ぬおぉぉぉおおおっ!!?」
銀時が居間に足を踏み入れたところで、大きな一撃が送られた。紙一重のところでそれをかわして、恐る恐る背後を振り替えると刀を振りかぶっていた土方の姿が見えて、慌てて身を捩る。
「ちっ……」
攻撃を外したことがひどく残念だったのか、土方は舌打ちして刀を構え直す。その構え方から中段攻撃だと予測して、攻撃のタイミングを計って身を低くした。そして、土方の繰り出した攻撃は銀時の予想通り中段攻撃で、屈んだ銀時の頭上のすぐ上を掠めて通り過ぎる。
その後に続く刀の軌道をなんとか読んでかわしながら、自分の木刀の位置を探る。
「随分余裕じゃねぇか!」
チラチラと視線を移ろわせながら木刀を探す銀時に攻撃を出しながらそう言った。
「そりゃどーもっ!」
なんとか攻撃をかわすのがやっとの銀時は防戦一方で、部屋のあちこちはもうボロボロだ。障害物の多い部屋は土方の刀を鈍らせるが、同時に自分の動きの妨げにもなっている。いくら勝手の知る家の中と謂えども、戦い慣れている土方が相手ではあまり通用しない。
ソファーの背面側に回って攻撃を凌いでいるが、あまりにも傷つき具合が酷いので壊れても不思議ではなかった。
とにかく何としてでもこの場を凌いで乗りきらねば。
だが、次々と繰り出される攻撃は寸分の隙がまるでない。流石は真選組の副長の席に就いているだけはある。自分も土方に引けは取らないだけの腕を持っている自覚はあるが、何せ自分は今丸腰だ。土方の本気の攻撃に丸腰ではかなり分が悪い。
せめていつもの自分の木刀があれば。
攻撃を避けながら視線をさまよわせること暫し。
「――あった!」
「させねェよっ!!」
向かいのソファーに立て掛けてあった自分の木刀を見つけた銀時は声をあげる。だが、その声で土方も銀時が何をしようとしたのか気付いたらしい。大きく力強い刀の軌道が一閃するのが見えた。
「あっぶねェェェエエエエエっっ!!」
叫びながらも上手いことテーブルを乗り越えて向かいのソファーの裏側に着地する。
恐る恐る顔半分だけ覗かせると、天井から垂れ下がっていた蛍光灯の紐が数十センチ切り落とされているのが見えた。少しでもタイミングが違っていたら間違いなくこうなっていたのは自分の方だろう。
「お家ン中では危ないから刀振り回しちゃいけませんってお母さんに教わらなかったのか?」
「俺の家じゃねぇから関係ねぇな」
「屁理屈だろ、ソレ!!」
理不尽な土方の言葉に悲鳴じみた声をあげる。しかし土方は、知ったことか、と吐き捨てるように言って銀時を睨みつけた。
「それにしても本当につくづく運のいい野郎だな、テメーは」
「………………そうか?」
バレンタイン当日に恋人に殺されそうになってるこの現実のどこをどう見たら運のいい人間と結びつくのだろう。少なくとも自分はそう思えない。
「まあ、何はともかくこれで五分五分だ。せいぜい楽しませてくれや」
「いや、すんごい遠慮したいんですけど、俺」
「遠慮すんな、今日は特大サービスで土方スペシャル特盛をおまけにつけてやる」
「いらねぇぇぇえええええっっ!!」
絶叫して飛びかかってくる土方を避けて銀時は攻撃から逃れた。先ほどテーブルを乗り越えた時に木刀は拾ったが、あくまでも防衛の為で土方とまともにやりあう気はない。いつぞやの屋根上の攻防の時も土方に言ったが、てんで戦うことに意味がない。理由なき刃はただの暴力でしかないのだ。
土方はよく知っているはずだ。銀時が理由もなしに動かないのを。
土方も同じはずだ。理由もなしに刀を振りかざすことをしないのは。
(埒があかねぇ!)
土方の攻撃を防ぎながら毒づいて、銀時は木刀を一閃させた。
護りの攻撃。
予測通り、土方は後方に跳躍して銀時の攻撃をかわした。
「やっとやる気になったか?」
口の端をつり上げてそう言った土方はどこか楽しそうに聞こえた。昔は喧嘩師だったというこの男のことだから、銀時と本気で仕合えるのが楽しいのだろう。
「……」
銀時はしかし、土方の問いには答えなかった。いや、答えられなかったのだ。
薙ぎ払った軌道が本当に防御の一閃だったのか。確かにそれもあるだろう。しかし、心のどこかでこうして土方と本気のやり取りをしている自分も密かに存在していて、完全にそうとは言いきれない。
『……』
沈黙が二人の間に停滞して大きな壁を作っている。
ただじっと期を伺いつつも、互いに相手の隙を突こうと探り合っている。ここは戦場の空気に似ている。本物の戦場はもっとどろどろとしているが、ここにある緊迫感は紛れもなく戦場にあるものとそっくりだ。
しかし、この空気を打破しないことには何も変わらない。どちらかが動かないことには何も進展しない。あと少しこうしていてこのままの状態が続くなら、こちらからけしかけよう――。そう銀時が思いかけた時、土方が動いた。
がっっ!!!
瞬間的に攻撃を悟って木刀で土方の刃を受け止めて後方へ飛び退る。土方もそれをわかっていたようで、連戟を銀時に向けた。そのことごとくを受けたが、どうにも体勢が悪い。攻撃は読めたが、反撃には至らず、どう見ても土方の方が優勢だった。
「…………なんか本気っぽくね?」
壁際にまで追いやられて土方の刀が壁に突き立って、ようやく二人の動きは止まった。ぽつりと漏らした銀時の言葉が部屋に響く。
「当たり前だ。殺すつもりでやってんだからな」
そうだろうな。
作品名:カカオ100%はいらない 2 (銀魂/銀土) 作家名:みそら