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And you shall be a true lover

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くすくすと笑った環は、血が俺の白い布地につくのも構わずに、そのまま抱きついた。堪らず俺は抱きしめ返す。
静かにその碧眼と見つめ合った後、小さな幸せをかみ締めるような口付けを落とした。天に召します神よ、アーメン。二人の祈りは寸分たがわず重なった。

何度目かの夜が廻り、朝が来た。あの夜以来環はふっつりと姿を現さなくなった。元々不思議な生き物である吸血鬼が二三日姿を見せないことぐらい当たり前だったので特に気には留めない。俺は俺で、ミサで祈りを捧げるのみだ。ただ、そろそろ疼くこともなくなった傷口だけが酷く引っかかる。この傷が癒えると共に、お前も消えてしまいそうだ。そんな根拠のない不安がずっと心の底で蠢く。馬鹿なことを。そんなのは俺の勝手な妄想だ。聖書を捲る指が心なしか湿っているのが気に食わない。
心を落ち着かせるため、集まった人の中に環がいないか探してみるが、そんなのはやっぱり愚行だった。似たような金髪が並んでいても、それは環ではないのだ。
引き込まれている。あの瞳に、声に、温もりに。幾度夜が廻ってこようとも環の居ない夜では意味がないのだ。
(愛しているさ、)心の中で何度も呟いた。伝えられればいいと願った。首から垂れ下がる十字架が無慈悲にしゃらんと音を立てる。








テールランプの灯りが微かに揺れる。それと共に俺は素早く顔を起こした。環が現れたのだ。歓喜で頬が染まる。
しかし瞳に移った環は想像の環と違い、随分と薄汚れて衰弱しているようだった。一体何があった。問い詰めたいのを必死で押さえ、まるで嫌味であるかのように目を細める。
「・・・久しぶりに現れたかと思ったらなんだ、環。えらく弱っているようだな」
「意地悪ですね、神父さん。そんなことをいっても貴方の血を頂くことはもうないですから、安心して下さい」
困ったように笑みを浮かべた環の表情は言葉とは裏腹だった。どういうことだ? 俺が厳めしく眉を顰めれば環は堪忍したように、乾いた唇を動かした。
「もうすぐ夜が明けますね。この時間の空は何処の世界にも属していない。つまり、誰(・)の(・)も(・)の(・)で(・)も(・)な(・)い(・)・・・」
そこで環は一度瞬きをした。ふさふさと音がしてきそうな睫毛の長さと美しさは健在だった。黙って環の傍に近寄ったのだが、それは環自身によって軽く拒絶された。
「貴方の居ない世界なんて俺にはどうでもいいんです。神父さん、貴方吸血鬼は永遠の命を得た生き物だと思っていらっしゃいますか。だとしたら愚かだ。吸血鬼だって寿命がありますし、人間の血を採らなければ死にます」
かっと開かれた口から覗く犬歯はぼろぼろだった。いや、それだけではない。全てが、至る所が剥がれ掛けた絵画のようにひび割れている。俺はそこでようやく了解した。
「環、お前・・・血を採っていないのか」
下を向いて、それだけを言うので精一杯だった。環の考えていることなんてよくわかるさ。疲れてしまったのだろう。淡々と生きる生というもの自体に。
「人間という生き物は、恐ろしく短命ですね。鏡夜、貴方が私の恋人として生きてくれると言うのなら、私はもう少しこの生に縋ろうと思っていました。しかし貴方が俺と同じにならないのなら、俺は、せめてこの姿のままで灰にでもなります」
その瞬間マントを翻して礼拝堂の正面扉を開け放した。足にでも掛けたのかテールランプが酷い音を立てて蹴飛ばされた。俺はもはやどうすることも出来なくて、ただ名前を叫ぶしかない。扉から差し込む紫の空は微かに朝靄の匂いを運んでいる。環は振り返り、髪を靡かせた。
「鏡夜、愛しています。それだけは、覚えていてください。どうか、お元気で」
何故、そのように疲れ果てた姿で、そんなに刹那な笑顔を残す。何故、お前はそのまま消えて逝こうとする。
一歩身を乗り出して、そのときに触れた十字架のチェーンが既に傷口が癒えたことを知らせていた。そのことに無性に腹が立ち、力任せにチェーンを引きちぎった。十字架は高い金属音を響かせ何処か隅の方へ飛んでいった。
「環ぃっ!」
甲高い悲鳴は先程投げつけた十字架に似ていた。その叫びと共に環は朝靄の薫る風景へとまるで溶け込むかのように違和感なく踏み込んだ。待て、待つんだ! 俺は最後の願いのように右腕を伸ばした。名を呼ぶ。しかしそれは届かず、環は紫煙の焔の中で微笑みながら消えてゆく。端から崩れていく様は空の紫紅に相俟って酷く美しかった。ほろりと落ちた透明なものに気付き、頬を触る。その瞬間、それは溢れんばかりに流れ出た。彼の見たがっていた永遠はここにあったのだ。その雫を人差し指にのせ、俺は力の限り呼びかけた。
「ほら、みろ、涙だ!」
最後の揺らめきの中、驚いたような環は極上の笑みを浮かべた。それは今までのどの環にも引けをとらない最高のものだった。環は口をぱくぱくさせて、最後まで何かをしゃべり続けた。口の動きなどを追わなくてもぼんやりと何を言っているかは理解できた。(やっぱり貴方、酷い人だ)そして、ちら、と見えた赤い舌を終わりにして ───── 消えた。
「・・っは、っはっは・・・永久に、届かなくなったな」
日は既に安定し、穏やかに朝の訪れを告げていた。小鳥たちが何事もなかったかのように囀り、人々がミサを求めてこの教会に集まりだす。何もかもがいつもどおりだった。ただ、俺の乾いた笑いを除いては。環、環、環。吸血鬼の愚かで、それでいてほんの少し可愛らしい舌が脳裏に焼きついて離れはしない。捨ててしまったチェーンの代わりに本物の右手で首筋を触ってみると、やはり環の付けた傷跡は跡形もなく消えていた。俺の予感めいたものは当たっていたのだ。潤んだ瞳に、もはやそんなことはどうでもいい事実として映った。十字架は拾わず、そのままにしておくことに決めた。環はこれをえらく嫌がっていたから。




「そうして、神は人を創られた」
聖書を読むのは骨が折れる。細かい文字を追うのが本来苦手な俺は、眼鏡越しに更にきつくそれを眺めた。ふっと息抜きに本から目をあげてミサに訪れる人々を眺めた。これは、夜の礼拝の次に好きなことだった。ぼうと右から左へ視線を流すと、その中に見知った金髪が微笑んでいるのが見えた。思わず噴出しそうになって、言葉が途切れる。失礼。言葉に詰まったことに詫びを入れて、聖書にまた目を戻した。そんなはずがあるわけないだろう。色素の薄い髪が靡くのを、あえて指摘するのは止めた。確認しなくとももういいのだ。朝の礼拝堂に響く俺の声は、今日も朗々としていて。なあ、早く褒めてくれよ。この声は、女神みたいなんだろう? なあ、そうなんだろう? 俺は彼の明るい声が届くことを願った。















「今夜も貴方の声はまるで星々を従える女神のように美しい。ねえ、そうでしょう? 鏡夜」
作品名:And you shall be a true lover 作家名:しょうこ