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いつか勝つ

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『いつか勝つ』








毛並に沿って指を滑らせると、つるりとしていてとてもなめらかだった。
その毛は短く色は鈍い黄金色。所々に濃い色が走っている。そのもの自体が薄いのでそのくたりとした感触が、何より、たまらない。内側には微かに淡い綿のような毛がふわりと在り、そっと触れてみても、それは指先が接触を認識しないほど柔らかかった。
綿毛のようなそれへ指を浅く差しこんでみる。
途端に、苦笑にも似た笑い声が七代千馗の許へ零れた。

「坊、そろそろお止しなさい……さすがにくすぐったくなってきやしたよ」
「そう?」

やんわりとした抗議を受けて指を戻すが、七代の眼は未練をもってまだ鍵の耳を追っている。



七代千馗が登校の前に境内で神使ふたりと話をする事は、既に彼の日課になっていた。
教諭である羽鳥朝子に合わせて起床すると生徒の身としてはやや早い登校になってしまうので、その時間を有効に使うのである。
昨日起こった事、聞いた事、知った事を、七代千馗はふたりへ話し。そうしてふたりは御伽草紙でも聞くかのようにそれへ耳を傾ける。
彼の日課は、彼らの習慣になりつつあった。

今日も例外ではなく、それが行われていたのだが。
ふと七代が何の気無しに鍵の耳先を見た。その視線に気付き、鍵は戯れに触れてみたいのかと訊ね。そして七代がそれを首肯したので先刻のような事になったのである。
人間の耳がこういった形状でない事は判っている、しかしそれでもこの耳は狐のそれである、狐というものはそこまで珍しい獣でも無かろうにと、己の耳に残る感触をむず痒く感じながら鍵は思っていた。
なのに七代千馗はとても珍しいものでも見るような反応をする。

「狐なんざ、別に珍しくもないでしょう? 何だってそんなに眼を輝かせてるんです?」
「いや、でも野良狐とか家狐はいないだろ」

そう言って七代の指が再びそろりと、隙を狙うようにして鍵のそれへ伸びる。鍵は笑って、その指を煙管で軽くたたいた。

「だめですよ、坊」
「減るもんじゃなし」
「そんなにさわさわと触られたんじゃァ、くすぐったくていけない。…………どれ、その感触、では坊にも味わって頂きやしょうか?」
「は?」

七代が身を引こうとする前に、鍵は、既に先手を取って一歩踏み出した。
今、七代が背にしているのは他ならぬ狐の像。其処へ押し付けるようにして七代千馗の身体を挟む。鍵の膝が足の間に割り込んだので、七代は咄嗟に避ける事が出来なかった。

「う、わ、ちょっと、」

そうして泳いだ上体に覆いかかり。指先でくすぐるようにして七代の耳を刺激する。
びくりと身体が驚いた所為で、黒い髪が頬のあたりで跳ねて踊った。

「ほら、くすぐったいでしょう?」

そう言う鍵の顔がいやに近い。
細められた眼には虹彩の色が認められないが、七代は正しく鍵の意図を読み取った。

「おや坊、どうしやした?顔が少し赤いような?」
「お前、な、」

鍵の爪の先が、耳の描く曲線に沿ってするりと擦れていく。鼓膜が近い所為で爪が皮膚を擦る密やかな音のひとつひとつが余さず耳の中に響き。奥を突くように指が動けば、狐に前後を挟まれた七代の肩が小さく震えた。

「ちょ……、」

人差指を仄温い奥へ差し入れたまま、親指で耳朶を掬う。
少しひんやりとしたその肉はとてもやわらかい。
頼りなくてひどく嗜虐の心を煽るようなその柔らかさを眼下に眺めながら、鍵は思い切り其処に歯を立てる己の姿を想像していた。自分がそれを実際に行えば、押さえ付けられた七代千馗はどのような反応を返すだろう。怒るのだろうか怯えるのだろうか、それとも泣くだろうか。強いような脆いような明るいような暗いようなこの子供を泣かせてみるのも面白そうだと鍵は至極のんびりと考えている。
けれどやっぱり子供なので。噛むのは少し酷かも知れないとも思う。ならば舌で撫でるのは?
鍵は、七代千馗の喉が震えて鳴くようなあの声音を存外気に入っている。舐めれば、あれが、聴けるだろうか。
思いながら、既に鍵の舌先は下りつつあった。

「く、……こ、の、朝から…………馬鹿狐っ、」

せくはらだ!と七代千馗は耳慣れぬ言葉を鍵へ言い放った。が。
言葉の意味が判らないので鍵は首を傾けるしかない。何か罵倒の類であるのは確かなのだろうけれど。
七代の耳へ呼気を落とすように、鍵は息を抜いて笑う。

「こりゃ酷い言われようだ、私はさっきのあれを坊にやり返しているだけなんですがねえ?」

言ってから、七代の耳朶にぺたりと舌を触れさせる。

「っ、!」

七代は歯を食い縛ったらしい。鍵の期待した声音は漏れては来なかった。

「これは、なかなか……頑張りやすねえ坊も」
「い、いいかげん、にっ、」

いつのまにか鍵の膝が更に押し込まれて、直接的な刺激を七代に与えている。
七代は意地でそれに耐えながら、何かこの狐を撃退し得るような武器は無いかと制服のポケットを探っていた。生憎と、焦る七代の指先に触るのは砂粒のような塵しかない。ポケットにあまり物を入れたくないという己の質を今ほど恨めしく思った事は無かった。
七代は背筋を這い上がってくる感覚に負けじと理性を強く掴みながら、この砂粒を思い切り弾けばどうにかなるだろうかと考えている。秘法眼という眼を持つ己なら。
それにしても白は何処へ行ったというのだろうまたすぐさまファーストフード店へ赴いたのだろうか曲がりなりにもあるじである己がこれほどの危機に晒されているというのに、それにこの暇を持て余しているらしい狐は神使という身でありながら己のような男に性的嫌がらせを仕掛けて一体何が面白いというのだろう他の時間帯なら付き合ってもいいのだがよりによって登校前に仕掛けるとは全く空気を読まないのも甚だしい遅刻させる気なのだろうか本気で?遅刻するのは構わないが羽鳥朝子に万一理由を問われた時一体なんと返せばいいのかそれを考えるだけで非常に胃が重くなる。
七代の脳をたくさんの思考が一気に駆け抜けていった。
探る指がふと、携帯電話の滑らかな表面に触れる。
いっそ壇燈治でも呼んでみようか。けれど狐を視認出来ぬ男に何が出来るだろう、この場から引っ張り出してくれるかも知れないが、その前にこのわけのわからない痴態を披露するのは色々な意味でどうにも御免被りたい。
考え過ぎた所為なのか、再び舌で耳朶を舐め上げられた所為なのか、七代の思考も何処か散漫になってきた。
このままでは理性が溶かされて、身体が快楽だけを追ってしまう。こんな処で。それはどうしても避けたい。早くから何かの所用で出かけた羽鳥清司郎がいつ帰ってくるかも判らない。
掴まれている両腕には体勢的にもまた違った意味でも満足に力を入れられそうになく、局所は腿でもって抑えられているが、鍵の嫌がらせが止む気配を見せない以上はもう全力で暴れるしかないかも知れない。登校前から本当に面倒臭い事極まりなしだが。
七代がそう決意しかけた時。
鍵の身体が、突然どん、と、何かの突撃を受けた。

「お、おっと」

眼前の行為に集中していた所為か、鍵も反応が遅れたらしく。
七代を覆っていた脅威はいとも簡単に去った。
作品名:いつか勝つ 作家名:あや