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ミカドSOS

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注!帝人女体化です。カップリング色薄いですが、総受け風味です。




ミカドSOS




チャイムの音が鳴り響くと同時に、紀田君が勢い良く飛び込んでくる。変わらない日常なのに、ひとつだけその日はいつもと違った。紀田君がめったに見せない真面目な顔をしている。珍しく深刻な雰囲気に気づいたのは私だけじゃなく、彼の幼馴染も怪訝そうな顔を隠さない。何か言いたげなのに一向に切り出す様子のない紀田君と、そんな彼の様子を伺う私と竜ヶ峰さん。そんな微妙な空気のまま、三人並んで帰路に着く。

紀田君を気にしながらも、竜ヶ峰さんは私に気を遣ってか、他愛ない話題を振ってくれる。紀田君は相変わらずむっつりした顔のままで、彼らのテンポの良い会話が聞けないことに僅かな寂しさを覚えた。しばらく歩いて、来良高校の生徒の姿が見えなくなった頃、ようやく紀田君が口を開いた。

「あのさ、帝人」

「なに?どうしたの?正臣」

紀田君が、きまり悪そうな顔で、恐る恐る幼馴染に呼びかけた。少し顔が赤い。切り出した後も、あー、うー、いや、そのな、といつまでも言いあぐねている彼の様子に焦れたのか、竜ヶ峰さんはいつものように辛辣な言葉をかけた。

「言いたいことあるならさっさと言ったら?」

「怒らないでくれよ?」

「そんなの聞く前からわかるわけないだろ」

「まあ、そうなんだけどさ」

相変わらずの鋭い切り返しに、紀田君はますます口ごもって、視線を逸らしてしまう。私はそれをただ見ていることしかできない。竜ヶ峰さんは大きく嘆息して、少し口調を和らげた。

「正臣が変なこと言い出すのは慣れてるし。とりあえず話が終わるまでは怒らずに聞くよ」

竜ヶ峰さんは、少し眦を下げて、可愛らしい微笑みを浮かべた。それに背中を押されて、ようやく紀田君がぐっと視線を上げ、しっかり竜ヶ峰さんを見据えて、重い口を開く。

「お前、最近彼氏とかできた?」

「は?何それ?」

その時点で、私は気づいてしまった。確かにそれは言い辛い。というか、いくら親しくても女の子に向かって口にするべき話題ではない。だけど、止めるには少し遅すぎた。

「いいから、答えろよ。付き合ってる奴がいるのか?」

「いたら正臣なんかとこんなしょっちゅう出かけたりすると思う?」

はっきりしない答えは、紀田君をますます疑わせてしまったようだ。でも、竜ヶ峰さんはそれに気づかない。

「俺と出かけた後、こっそり会ったりしてる奴がいるかもしれないだろ?いるんなら、ちゃんと言えよ。それとも、言えないような奴なのか?まさか臨也さんじゃないだろうな?」

「何言ってんの?意味わかんない。いるわけないだろ、そんな人。正臣こそ、どうしてそんな風に思ったのさ?」

「…いや、それは置いといてさ」

「なんで?私は答えたよ。彼氏なんていない。こんなにずっと一緒にいるのに、どうしてそんなこと考え出したのか、ちゃんと説明してよ」

それは地雷だ。竜ヶ峰さんだけがそれに気付いていない。さっきの強気な態度とは打って変わって、紀田君は狼狽えだした。不審そうな視線はどんどん強さを増していて、必死にプレッシャーに抗おうとしている紀田君が少しかわいそうになった。

「お前さ、その、成長したじゃん」

「どこが?」

口に出してから、はっと顔色を変える。ちらちらと紀田君が視線をやる先には、言葉にするにはあまりにデリケートな部位があった。

「まさか」

「だって!お前こっち来た頃はどう頑張ってもBぐらいだったろ!?今、絶対C、いやDくらいあるだろ!?何もなくてこんな一気に大きくなるなんておかしいだろうが!!!」

やけっぱちになった紀田君がまくし立てる。それは火に油だ。わかっていても、二人の間に入っていくことなんてできない私は、はらはらしながら見守ることしかできない。喋りながらどんどん興奮気味になっていく紀田君とは対照的に、竜ヶ峰さんの纏う空気はどんどん冷え切っていく。

「言っとくけどな!俺はお前が隠れてそんなふしだらな真似するとか許さないからな!何かあってからじゃ遅いんだぞ!!いくらお前が好奇心強いつっても、高校生のうちは踏み越えちゃいけない一線ってのがあるんだ!それに、俺に紹介できない男なんて、絶対にダメだからな!お前にふさわしいちゃんとした奴じゃないと、俺は」

「言いたいことはそれだけ…?」

いつのまにか凍りついたような無表情になっている竜ヶ峰さんを見て、紀田君は顔色を変えた。

「俺は、いや、その、お前が心配でだな」

「ふうん。心配で、勝手に人の胸のサイズを測ってんの?しかも、こんなとこで大声で言っちゃうわけ?」

「や、そのな、幼馴染とはいえ、女の子の胸に目がいくのは男の本能とでも言うか、さ…」

「こぉの、変っ態!!!」

平手が勢い良く振り落とされ、痛そうな音が辺りに響きわたった。

後で、竜ヶ峰さんの手が腫れないといいけど。

真っ赤になった頬を抑えてのた打ち回る紀田君を他所に、私の心に浮かんだのは、まだ怒りが収まらない彼女への心配だけだった。





頭を抱える雇い主をよそに、私はさくさくと書類処理を続ける。いくら匿ってもらっているとはいえ、いちいちあのキ○ガイを気にかけてやる義理はないし、そもそもそんなことをしていたら、いつまでたっても仕事が終わらない。

「浪江」

わざとうんざり感を顕にした顔で、ぶっきらぼうに返事をする。

「なによ」

「君、ブラジャーし始めたのっていつ?」

ひっぱたいてやろうかと思ったが、一応その当然の権利は心にしまって、質問で返す。本当は聞くことすら煩わしいが、上司からの問いかけを無視するのはまずいという認識くらいはあった。

「なんでそんなこと知る必要があるのよ」

「帝人くんがね、」

またあの子かとますます気が滅入る。誠二と関係なく唯一憎んでいる女だが、臨也のお気に入りでもある。べらべらと友達のいない上司が意味なく語る話によくでてくる人物であり、はっきり言えば、彼のストーカー被害にあっている哀れな少女だ。

話題が話題だけに嫌な予感が募る。事と次第によっては、警察に逮捕される前に、沈める必要があるかもしれない。今この胡散臭い情報屋に捕まられては、行くところがない。

「まだ、スポブラなんだよ」

なぜそんなことを知っているのかは愚問だ。彼は情報屋だ。どんな情報も集めるのが仕事だ。だからといって、変態行為の言い訳にはならないが。あの女の下着の情報なんて誰が買うというのか。いや、目の前の男なら買うだろうが。それは、もはや仕事ではなく、趣味の領域だろう。

あまりの馬鹿馬鹿しさに、脱力しそうになった。矜持の高さでなんとか取り繕い、平静な態度を保つ。

「信じられるかい?そりゃ、こっちに出てきたばかりの頃はね、お金もないみたいだったし、確かにブラジャーを買うほど豊かな胸でもなかったし、まあ、納得できないこともないよ。でもね、もう高校に入ったばかりの頃とは違う。違うんだよ。明らかにサイズがさ。今、CとDのちょうど間くらいかな。ぴったり合うのが見つかりづらそうではあるけどね。でもそれでも、あんな胸でブラジャーなしだなんて。これは由々しき事態だよ。そう思わないかい?」
作品名:ミカドSOS 作家名:川野礼