薔薇の下で眠れ
注!)帝人くんと茜ちゃんが兄妹なパロ。茜ちゃんがロリじゃない年齢になってます。いろいろ無茶な設定ですみません。
初めて好きになった人は、とてもやさしい人でした。いつでも変わらない温もりと安らぎをくれた人でした。
次に好きになった人は、とても強い人でした。どんなときも力強い腕で守ってくれた人でした。
どちらも、してはいけない、そして決して叶うはずのない恋でした。
薔薇の下で眠れ
その人は、埼玉のとても偉いお家の人でした。時々挨拶に訪れた祖父に連れられて、よく私も『竜ヶ峰のお兄ちゃん』に会いに行きました。初対面で、りうがみねと舌っ足らずに発音する私にやさしく微笑みかけ、ただのお兄ちゃんでいいよとその人は言ってくれました。
初めて見たときには近寄りがたい雰囲気があったけれど、次第にとても穏やかな人なのだとわかりました。私が何かいけないことをしたときも決して怒らず、諭すように何がいけないことなのかをきちんと話してくれる、そんな人でした。年の離れた私の相手を嫌な顔一つせずしてくれて、池袋ではできない山の遊びをいくつも教えてくれました。そして、お兄ちゃんは地方に住む人間らしくなくパソコンやインターネットを使うのに長けていて、私もいろいろ教えてもらいました。「顔も知らない、画面の向こうにいるたくさんの人と繋がりが作れるって、素敵だと思うんだ」と言うお兄ちゃんの言葉の意味はよくわからなかったけど、お兄ちゃんが好きなことならきっと楽しいことなんだろうと思いました。
お兄ちゃんに会える日はどんなイベントよりも特別で、私はいつもその日を心待ちにしていました。祖父が忙しくて、竜ヶ峰家を訪問する時間がとれない時期などは、拗ねて家族を困らせたものでした。仕事のために家族で出かける約束を破った父が、その後、私のご機嫌取りに連れていってくれたこともありました。瞬く間に機嫌を直す私を見て、苦笑いをした父の心境をその時の私は想像もしませんでした。
幼い頃から周りは強面の大人ばかりだった私にとって、竜ヶ峰のお兄ちゃんは年が近くて親しみやすく、学校の男の子のように幼稚ではない、憧れの男の人でした。私の頭を撫でてくれるやさしい手も、笑っていなければ少し冷たく見える目元も、きれいな笑顔も、何もかもが大好きでした。その頃、私は本気でお兄ちゃんのお嫁さんになりたいと夢見ていたのです。
でも、私は知ってしまった。お兄ちゃんが本当に私のお兄ちゃんだということに。
私は竜ヶ峰家から養子にもらわれてきた子なのだと。それを知った時は、両親が本当のお父さんとお母さんではなかったということが悲しくて仕方ありませんでした。
泣きじゃくる私の背を、お兄ちゃんはずっと撫でていてくれました。そして、「みんな茜ちゃんのことが大好きだよ。何があってもそれは変わらないから」と言ってくれました。お兄ちゃんも茜のこと好きかと、狡猾な私は涙を流しながら問いました。あの人は変わらない笑顔で、「もちろん。僕が茜ちゃんを嫌いになることなんてありえないよ」と、一番ほしかった言葉をくれました。
そして、そのしばらく後、私は兄妹間では結婚はできないという現実を知りました。
それからは、お兄ちゃんに会いにいくことができなくなりました。養子だと知って、本当のお家に行くことを両親に気兼ねするようになったことと、何よりもお兄ちゃんにどんな顔をして会えばいいのかわからないという不安がどんどん膨らんでいったからでした。
きっと、お兄ちゃんは変わらない笑顔とほしい言葉をくれるでしょう。でも、それは、私が一番ほしいものではないのです。一人で何度か泣いたこともありました。その度に、背中を撫でてくれた暖かい手と笑顔を思い出して、辛くなりました。幼いながらに、本気の恋だったのです。
お兄ちゃんが池袋に来ると知った時も、会いに行くことはできませんでした。会っていない間に、彼女ができていたらどうしよう。お兄ちゃんはもうすぐ高校生になるのに、私はまだ小学生なのです。女とすら見てもらえないでしょう。それ以前に、私は妹なのです。戸籍上は違っても、血は繋がっている私は最初から対象外なのです。会いに行って、もし彼女を紹介されたりしたら、私はきっと立ち直れない。そんな揺れ動く恋心を抱えていた時でした。
私の世界が壊されたのは。
打ち砕かれた世界と向き合う決意を固めた時、新しい世界の中心にいたのは、お兄ちゃんよりずっと大人の男の人でした。
平和島静雄。一度は殺すと決めた人間で、でも本当に殺さなければいけないのかわからない人。兵器のような力を持つ人。殺意を持って向かっていった私を守ってくれた人。その気持ちに気づいた時、好きになってはいけないという思いとは裏腹に、これでお兄ちゃんへの想いを忘れられるという考えがどこかにあったことは否定できません。
久しぶりに会ったお兄ちゃんと一緒にいたのは、とても綺麗で強い女の人だったから。
でも、そんな浅ましい私の思惑は、やはり現実に裏切られてしまったのです。
そこに居合わせたのは偶然でした。静雄お兄ちゃんの姿を見つけて小走りに駆け寄った先には、大好きなお兄ちゃんがいたのです。全く心の準備をしていなかった私は、地面に足を縫いつけられたように身動きができないまま、二人を見つめることしかできませんでした。
静雄お兄ちゃんは熱心にお兄ちゃんを見つめていて、こちらに視線を向ける気配すらありませんでした。まるで、ほんの少しの表情の動きも見逃したくないと言わんばかりに。そして、その見たこともない穏やかな表情を見て、私は気づいてしまいました。いつも私の頭を撫でてくれる手は両方共ポケットに入れられたまま。それは、きっと、そうしておかないと手を伸ばさずにはいられなくなるから。私がいくら体当たりしても抱きついても避けないのに、お兄ちゃんとの間に少し距離を置いて立っているのは、そうしないとどきどきが伝わってしまうかもしれないから。きっと、今その耳はお兄ちゃんの声を聞くためだけに使われていて、頭は受け答えのためだけに動いているのでしょう。
それは数秒後だったのか、何十分も経った後だったのか、私にはわかりませんでした。お兄ちゃんの目が私を映しました。その時浮かんだ懐かしい微笑みに、泣きたいくらいの嬉しさと寂しさと、名前の付けられない感情が溢れ出しました。
たまらず駆け寄る私に、「久しぶりだね」「あの時は守ってあげられなくてごめんね」と言葉をかけてくれたお兄ちゃん。そんな私達を戸惑った様子で見つめている静雄お兄ちゃん。お兄ちゃんは、本当のことを話してもいいかと視線で私に問いかけてきました。久しぶりの再会に興奮していた私は、秘密のやり取りにすっかり嬉しくなってしまって、よく考えもせずに一も二もなく頷いていました。
「実は、妹なんです」
初めて好きになった人は、とてもやさしい人でした。いつでも変わらない温もりと安らぎをくれた人でした。
次に好きになった人は、とても強い人でした。どんなときも力強い腕で守ってくれた人でした。
どちらも、してはいけない、そして決して叶うはずのない恋でした。
薔薇の下で眠れ
その人は、埼玉のとても偉いお家の人でした。時々挨拶に訪れた祖父に連れられて、よく私も『竜ヶ峰のお兄ちゃん』に会いに行きました。初対面で、りうがみねと舌っ足らずに発音する私にやさしく微笑みかけ、ただのお兄ちゃんでいいよとその人は言ってくれました。
初めて見たときには近寄りがたい雰囲気があったけれど、次第にとても穏やかな人なのだとわかりました。私が何かいけないことをしたときも決して怒らず、諭すように何がいけないことなのかをきちんと話してくれる、そんな人でした。年の離れた私の相手を嫌な顔一つせずしてくれて、池袋ではできない山の遊びをいくつも教えてくれました。そして、お兄ちゃんは地方に住む人間らしくなくパソコンやインターネットを使うのに長けていて、私もいろいろ教えてもらいました。「顔も知らない、画面の向こうにいるたくさんの人と繋がりが作れるって、素敵だと思うんだ」と言うお兄ちゃんの言葉の意味はよくわからなかったけど、お兄ちゃんが好きなことならきっと楽しいことなんだろうと思いました。
お兄ちゃんに会える日はどんなイベントよりも特別で、私はいつもその日を心待ちにしていました。祖父が忙しくて、竜ヶ峰家を訪問する時間がとれない時期などは、拗ねて家族を困らせたものでした。仕事のために家族で出かける約束を破った父が、その後、私のご機嫌取りに連れていってくれたこともありました。瞬く間に機嫌を直す私を見て、苦笑いをした父の心境をその時の私は想像もしませんでした。
幼い頃から周りは強面の大人ばかりだった私にとって、竜ヶ峰のお兄ちゃんは年が近くて親しみやすく、学校の男の子のように幼稚ではない、憧れの男の人でした。私の頭を撫でてくれるやさしい手も、笑っていなければ少し冷たく見える目元も、きれいな笑顔も、何もかもが大好きでした。その頃、私は本気でお兄ちゃんのお嫁さんになりたいと夢見ていたのです。
でも、私は知ってしまった。お兄ちゃんが本当に私のお兄ちゃんだということに。
私は竜ヶ峰家から養子にもらわれてきた子なのだと。それを知った時は、両親が本当のお父さんとお母さんではなかったということが悲しくて仕方ありませんでした。
泣きじゃくる私の背を、お兄ちゃんはずっと撫でていてくれました。そして、「みんな茜ちゃんのことが大好きだよ。何があってもそれは変わらないから」と言ってくれました。お兄ちゃんも茜のこと好きかと、狡猾な私は涙を流しながら問いました。あの人は変わらない笑顔で、「もちろん。僕が茜ちゃんを嫌いになることなんてありえないよ」と、一番ほしかった言葉をくれました。
そして、そのしばらく後、私は兄妹間では結婚はできないという現実を知りました。
それからは、お兄ちゃんに会いにいくことができなくなりました。養子だと知って、本当のお家に行くことを両親に気兼ねするようになったことと、何よりもお兄ちゃんにどんな顔をして会えばいいのかわからないという不安がどんどん膨らんでいったからでした。
きっと、お兄ちゃんは変わらない笑顔とほしい言葉をくれるでしょう。でも、それは、私が一番ほしいものではないのです。一人で何度か泣いたこともありました。その度に、背中を撫でてくれた暖かい手と笑顔を思い出して、辛くなりました。幼いながらに、本気の恋だったのです。
お兄ちゃんが池袋に来ると知った時も、会いに行くことはできませんでした。会っていない間に、彼女ができていたらどうしよう。お兄ちゃんはもうすぐ高校生になるのに、私はまだ小学生なのです。女とすら見てもらえないでしょう。それ以前に、私は妹なのです。戸籍上は違っても、血は繋がっている私は最初から対象外なのです。会いに行って、もし彼女を紹介されたりしたら、私はきっと立ち直れない。そんな揺れ動く恋心を抱えていた時でした。
私の世界が壊されたのは。
打ち砕かれた世界と向き合う決意を固めた時、新しい世界の中心にいたのは、お兄ちゃんよりずっと大人の男の人でした。
平和島静雄。一度は殺すと決めた人間で、でも本当に殺さなければいけないのかわからない人。兵器のような力を持つ人。殺意を持って向かっていった私を守ってくれた人。その気持ちに気づいた時、好きになってはいけないという思いとは裏腹に、これでお兄ちゃんへの想いを忘れられるという考えがどこかにあったことは否定できません。
久しぶりに会ったお兄ちゃんと一緒にいたのは、とても綺麗で強い女の人だったから。
でも、そんな浅ましい私の思惑は、やはり現実に裏切られてしまったのです。
そこに居合わせたのは偶然でした。静雄お兄ちゃんの姿を見つけて小走りに駆け寄った先には、大好きなお兄ちゃんがいたのです。全く心の準備をしていなかった私は、地面に足を縫いつけられたように身動きができないまま、二人を見つめることしかできませんでした。
静雄お兄ちゃんは熱心にお兄ちゃんを見つめていて、こちらに視線を向ける気配すらありませんでした。まるで、ほんの少しの表情の動きも見逃したくないと言わんばかりに。そして、その見たこともない穏やかな表情を見て、私は気づいてしまいました。いつも私の頭を撫でてくれる手は両方共ポケットに入れられたまま。それは、きっと、そうしておかないと手を伸ばさずにはいられなくなるから。私がいくら体当たりしても抱きついても避けないのに、お兄ちゃんとの間に少し距離を置いて立っているのは、そうしないとどきどきが伝わってしまうかもしれないから。きっと、今その耳はお兄ちゃんの声を聞くためだけに使われていて、頭は受け答えのためだけに動いているのでしょう。
それは数秒後だったのか、何十分も経った後だったのか、私にはわかりませんでした。お兄ちゃんの目が私を映しました。その時浮かんだ懐かしい微笑みに、泣きたいくらいの嬉しさと寂しさと、名前の付けられない感情が溢れ出しました。
たまらず駆け寄る私に、「久しぶりだね」「あの時は守ってあげられなくてごめんね」と言葉をかけてくれたお兄ちゃん。そんな私達を戸惑った様子で見つめている静雄お兄ちゃん。お兄ちゃんは、本当のことを話してもいいかと視線で私に問いかけてきました。久しぶりの再会に興奮していた私は、秘密のやり取りにすっかり嬉しくなってしまって、よく考えもせずに一も二もなく頷いていました。
「実は、妹なんです」