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憧憬

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 そこは言わば私にとって、令ちゃんの隣以外にできた初めてのテリトリーであった。
 だから彼女には特に強い反発を覚えたのだ。薔薇ファミリーでもないのに山百合会の会議に出席する、彼女を。

 彼女も、あくまで自分は助っ人だという意識があったのだろう、それほど重要でない会議や雑談には一切参加せず、呼ばれなければ自分からは赴かないというスタンスを貫いていた。しかし、その一線を隔した態度がどうにも腹立たしく思えてならない。だからと言って、彼女が皆と混じって雑談に興じるというのもそれはそれで面白くないのだから矛盾している。考えた結果、私は彼女の事が嫌いなのだと結論付けた。病気のせいでおとなしくしているけれど心の中だけはいつでも青信号の私と、おしとやかで大人びていて同級生でさえ気後れさせる気品を持つ彼女とでは、波長が合わないのは当然である。今後、彼女と共に山百合会を背負っていくのだろうかと思うと今から気が重い。白薔薇さまはまだ姉妹の申し込みをするという様子はないが、時間の問題であろう事は誰の目から見ても明らかだった。

 ある日掃除を終えてから、私は薔薇の館へと向かった。先週はずっと寝込んでいたので久し振りの学校である。令ちゃんには無理するなと言われていたけれど、そうも言っていられない。初めてできた、私の居場所なのだ。この場所だけは手放すまいと、どこか必死にしがみついているような心持ちだった気がする。誰かの役に立ちたかった。薔薇さま達は私に無理な仕事を回す事はないが、かと言って足手まといにする訳でもなく、私にできる仕事を的確に与えてくれる。それが心の底から嬉しかった。
 私にできる数少ない仕事のひとつがお茶の準備だった。掃除区分が少ない三年生が先に来ている事が多かったが、だいたい私が来るまでお茶を淹れていない。気をつかってか偶然か、単に面倒だっただけか分からないけれど、とにかくこれは私の仕事だった。
 だからその日、先に来ていた彼女が流しに立つ姿を見て私はビスケット扉を開けたまま呆然としてしまったのだ。
 「あ、由乃さん」
 突っ立ったままの私に、どうしたの?と首を傾げる彼女に声を荒げる事だけは何とか抑えた。幼稚だという事はこれでも重々承知している。私は室内に入って乱暴に鞄を置いた。幸か不幸か、部屋には先輩達の姿は無い。
 「…薔薇さま達は?」
 「進路説明会で少し遅れるそうよ」
 どうして、私が知らなくてあなたが知っているの。私が休んでいた間あなたがお茶を淹れたの?
 分かっている。全部、覚悟しなければならない事だ。手術しないのならそれ相応の、覚悟を。でもどうして、私だけ、私だけが、
 「由乃さん? 具合でも悪いの?」
 心の底から心配してくれる声も、この時の私には火に油を注ぐようなものだった。見上げれば聖者のような瞳で私の顔を覗き込む彼女がいる。否、聖者なのだろう。聖者のあなたには、私のこんな気持ちなんて分かるまい。
 何でもない、と彼女を突っぱねて、私は流し台へと向かった。電気ポットの湯は彼女が入れたらしく、コポコポと音を立て始めている。無言でティーカップをゆすぎ始めた私に、彼女は何か言いたそうにしていたが、結局は何も言わず、椅子に座る事もなく居心地悪そうに窓の外を眺めていた。

 分かっている。
 この状況が辛いのは、きっと彼女の方であるという事も。

 全てのカップをゆすぎ終えた頃、ようやく階段を上る足音が聞こえ始めた。


作品名:憧憬 作家名:泉流