憧憬
由乃さんの、そういうところ、すき。
薔薇の館から出ると外は既に暗く、冷え切った空気に思わず身を縮ませた。
「寒いわね」
そう呟いたのは今しがた同時に館を出た志摩子さんだった。乃梨子ちゃんは忘れ物をしたとかで教室に戻り、令ちゃんは受験があるので早く帰り、紅薔薇姉妹は少し先に歩いている。珍しく志摩子さんと二人きりだったので、私はぼんやりと当時の事を思い出していたのだ。あれからもう一年半ほど経っただろうか。あれほど反発していたのに、今は志摩子さんと共に山百合会を背負っていきたいとまで思っているのだから不思議だ。
由乃さんの、そういうところ、すき。
先程突然志摩子さんから言われた一言が、私の脳から離れない。時間が経てば経つ程にそれは甘く、私の体を熱くさせるのだ。
無言で隣を歩く志摩子さんの吐く息は白い。寒そうに息を吹きかけている手を、私はおもむろに掴んだ。
「由乃さん?」
志摩子さんは驚いた顔をしていたが、構わない。
「たまには、ね」
そのまま手を引いて、行こう、と駆け出す。
この手は絶対に離さない。
そして、先を行くもう一人の親友の元へと走った。