リセット
「……ん……、っ……」
目が覚めて、まず初めに体中が痛いと悲鳴を上げていることに臨也は気がついた。
「ここ、は……、………?」
目を開けば薄暗い視界の中で天井が、ぼんやりと見える。
やけに白い、そしてどこか見覚えのあるような天井。
「……、病院?」
その臨也の予想は当たりのようで、目だけで辺りを見渡せば様々な医療器具が見える。
けれど、そんなことは臨也にとってどうでも良いことだった。
「帝人くん……」
どこを見ても、帝人の姿は無かった。
その事が、どうしようもなく臨也の胸をかき乱す。
脳裏に浮かぶのは、血塗れの帝人の姿の方、沢山の配管に繋がれて集中治療室で眠る、帝人の姿。
けれど、それは過去の話で。
帝人は自分と共に車に跳ねられた。
そしてこうして自分が無事に生きてるのだから、帝人も生きているのではないかと臨也は思った。
(……けど)
もしかしたら、それ自体が夢かもしれない。
今こうして自分がベッドに寝ているのは屋上から飛び降りたせいかもしれない。
もしかしたら、今も帝人は集中治療室で生死を彷徨っているのかもしれない。
そう思ったら、もう居ても立っても居られなかった。
「みかど、くん……、」
臨也は裸足のまま、ベッドから降りる。
体中が痛んだが、関係なかった。
臨也は部屋を抜け出そうとしたが点滴台が邪魔で、その点滴の針を力任せに引き抜いたら、少し血が出た。
それも痛かったのかもしれなかったが、その痛みもやっぱり関係なかった。
「みかど、くん……」
もう何が本当で何が夢なのかも分からない。
ただひたすらに臨也は帝人を求めて病室を抜け出したのだった。
時刻は、深夜らしく病院の廊下は静まりかえっていた。
ペタペタと、臨也の足音だけがやけに響く。
「っ、…は、あ……」
ズキズキと身体が痛くて、膝をつきそうになるのを堪えながら臨也は歩き続けた。
集中治療室までの道が、やけに長く感じたが何とか辿り着く。
そして、そっとガラス窓に手をついて、中をのぞき見た臨也は目を丸くした。
「い、ない……?」
集中治療室は、誰も居なかった。
帝人の眠っていたはずのベッドは空だった。
「みかど…、くん……?」
力が抜けてペタリとその場にへたりこんで、それでも臨也は這うようにそして呟き続けた。
「みかど、くん……、みかどくん……っ」
帝人が、居ない。
どこにも、居ない。
なのに、自分がこうしてここに居る。
その事実が受け入れがたくて、臨也が全てに絶望しようとした時だった。
「臨也、さん……?」
「え……?」
「臨也さんっ!!」
それは唐突に訪れた。
声の方を振り向けば、血相を変えた帝人の姿があって。
「みかど、くん……?良かった、ようやく、見つけた……」
「それは、こっちの台詞です……!少し離れてる間に、臨也さんが病室から居なくなってて……っ!」
目に涙を溜めて臨也の事を抱き起こしながら帝人が叫ぶ。
しかしそんな帝人の腕にしがみつきながら、臨也は呟いた。
「ねぇ、帝人くん……、大丈夫?怪我ない?無事……?」
「僕は無事ですよ……!だって、臨也さんが、僕のこと庇ってくれたから……っ!!」
「そっか、良かった……、あれ、夢じゃ、無かっ…た…ん、だ…」
「臨也さん?臨也さんっ!?」
帝人の顔を見たら、気が抜けたのかもしれない。
途端に全身を襲ってきた痛みに、臨也はぼんやりと意識が霞んでくる。
「臨也さん……!!ぼく、誰か人を……!」
「みかど、くん……、お願い、どこにも、行かないで欲しいな……」
「臨也さん……」
「……好き、だよ。帝人くん。……、愛してる」
そう言って、ギュッと帝人の手を握りしめて笑うと帝人はボロボロと泣きながら手を握りしめ返した。
そして、突然反対の手で涙をグッと拭うと帝人は臨也の手を引っ張って立ち上がった。
「帝人、くん?」
「僕がっ、臨也さんを運びます」
「え、いや、それは……」
無理だと思う。
臨也は率直な感想を述べようとしたが、帝人は頑なに首を振って、言うのだった。
「絶対っ、運びます……!」
「……ありがとう」
そんな健気な帝人に、臨也は思わず笑ってしまうのだった。
だがしかし結論から言うと、帝人は臨也を病室に運ぶことは出来なかった。
結局のところ、自分より体格の良い臨也を運ぶのはやはり無理があったらしく、途中の階段の踊り場で臨也を背負ったまま倒れ込んだ。
そこでようやく臨也は、帝人も臨也ほどではないが怪我をしていたらしいことに気づき、帝人に申し訳なくなってしまい声を上げて医者を呼ぼうとした。
けれど、帝人が意地になるので、二人は踊り場で言い争うことになる。
「……何してんだ、お前らは」
そこへ臨也に付き添っている帝人の様子を見に来たらしい静雄が通りがかり、そして今、臨也は静雄に背負われていた。
「……最悪だよ、よりにもよってシズちゃんに背負われるなんて」
静雄に背負われながら、臨也は心底嫌そうな顔をしていた。
「俺だって竜ヶ峰の頼みじゃなかったら、お前なんて背負わねぇ」
「こっちだって背負って欲しくもないけど」
「つーか、お前が勝手に病室抜け出すのが悪ぃんじゃねぇか。竜ヶ峰に迷惑かけんなよ。というか大体てめーは何勝手に死にそうになってんだよ、お前は俺が殺すって決めてんだから勝手に死ぬんじゃねぇよ」
「相変わらずシズちゃんはうるさいなぁ」
説教されたのが気に入らないらしい臨也はギュウっと静雄の背中を抓る。
「てめぇいい加減にしないとマジで殺すぞ」
「静雄さん、冗談でも殺すとかあんまり言わないで下さい」
「わ、悪ぃ」
一瞬喧嘩が勃発しそうな雰囲気になったが、横から帝人に咎められて静雄は困ったような顔をする。
しかし、その顔がどことなく嬉しそうな顔に見えたような気がしたのだが、臨也はとりあえずそれは気のせいだったと思うことにした(Mなのか?)
どうにも今はそれを突っ込む元気も気力も沸いてこないのだ。
「ねぇ、帝人くん……」
「なんですか?」
「……もう一回、手、繋いでくれない?」
段々と微睡みかかった意識の中、臨也は帝人へと手を伸ばす。
そんな臨也の手をギュッと掴みながら、帝人は笑った。
繋がっている手と手が、とても温かい。
それはお互いがちゃんと生きているという証で。
そんな帝人の温もりを大事そうに掴みながら、臨也は意識を手放すのだった。
君は運命を信じるか?
(俺は信じないよ。だって、俺はまたこの手を握ることが出来たのだから)