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一等星に告ぐ

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昔は大層寂しがり屋でこわがりな子供であった。草木のちょっとしたざわめきが夜の底から聞こえてきただけで心底震えあがったし、空に暗雲が渦巻き遠くでいくつもの激しい光が瞬いて轟音が響き渡った時などうっすらと涙を浮かべたものだった。
 どれもこれも恐ろしいもの。
 けれどやはり何よりも恐ろしかったのは夜、冷えたベッドに潜り込むその瞬間だった。
 いつか大きくなるのだからこれくらいの方がいいと与えられた身体よりも大分大きなベッドは、その当時のアメリカには世界よりも広い場所で、一人で眠るには少々寂しすぎるくらいだった。ギュッと身体を縮めて分厚い毛布の中でもゆっくりゆっくりとあたたかい息を吐き出さねばなかなか温まらないし、その領地から一歩でも飛び出せばひやりとした夜が足を撫でる。長じるにつれて、その恐ろしさも次第に彼の中から薄れていったのだけれど、それでも夜をこわいと思う気持ちだけは今も尚ある。
 しかし一度。たった一度だけ、アメリカは夜をうつくしいものだと思ったことがあった。
遠い、彼の住む場所から遠く離れた国にイギリスに連れてこられ、澄み切ったうつくしい星空を見たあの日、夜がこんなにも優しいものなのだと彼は知ったのだ。
まあるい月が浮かぶまわりに、いくつもの星がやさしく瞬きながら踊る。何処までも広がる一枚の絵画のような空は、濃紺に彩られていると言うのにとても明るくて、夜のおそろしさをすっかり彼から奪ってしまう。
『綺麗だろう、星空。いつかお前に見せてやりたかったんだ』
 緑色の瞳を一等星のように輝かせて笑うイギリスの姿をアメリカは今でも忘れられない。
『夜はこわいものじゃないんだ。こんなにも優しく俺達を照らしてくれる』

 今から思えば、あれが彼のしあわせの絶頂だった。それからは転落する一方で、ただ息をしているだけでにっこりと唇の端が上がってしまうような幸福を今や彼は忘れてしまったのだ。
 今が不幸だとは言わない。それなりに自分は恵まれていて、楽しく笑える環境が当たり前のように用意されているし、なにかに不自由したことなどほとんどない。人はそれをしあわせと呼ぶだろう。彼も否定をするつもりはなかった。
 けれど。
 例え今がしあわせなのだろうとしても、やはり彼は心の底から自分はしあわせなのだ、と叫びたいと思えなかった。
作品名:一等星に告ぐ 作家名:ひら