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帝人くんにらぶ!

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「・・・なんで、あなたが、ここにいるんですか!?」
帝人は叫んだ。
もはや悲鳴に近かったかもしれない。って言うか本気でなんで?
真っ白になりかけた帝人の目の前で、その人はふふふっ、と笑い、帝人に向かって少し前かがみ気味に体を傾けた。あっと言う間に首に両腕を回され、その形の良い唇が帝人の耳元に囁く。
「だって、太郎さんは私のなのに、ほかの人と同居するなんて赦せないもん」
もんじゃねえ!とか。
私のものってなに!とか
近い近い近い!とか。
言いたいことは山ほどあるけれど一番言わなきゃいけないのはそうじゃなくて、思わず頬が熱を持つのを感じながら、帝人はぎこちなく彼女の体を引き剥がそうと腕を持ち上げ、どこを押し返したらいいのかよくわからなくて途方に暮れた。
っていうか。
「あ、あの・・・っ」
「うん?なぁに?」
「あ、当たってるんですけどっ!」
何が、とか聞かないでほしい。女性特有のほら、あれだよあれ、む、胸の、ふくらみってやつだよ!
羞恥の余り、全力で目を逸らしている帝人に向けて、彼女は躊躇いもなく言い切った。
「当たり前じゃなーい、だってこれはわざと当ててるんだもん!」
そしてさらにぐっと、帝人の体にそれを押し付けてくるわけで。
「なっ、なななななんでそんなっ・・・!」
「やだもう、太郎さんってば鈍いんだから。私言いましたよね、太郎さんが大好きだから私、どんな手段を使ってでも絶対太郎さんの彼女になります☆って」
確かにそんなことをチャットの流れでいわれた気がする、が。いつもの冗談だと思って帝人は全く意に介していなかったのだ。まさかあれが、マジだとでも言うつもりなのか?
「って、いうか、折原臨也さんって人は、どうなったんですか!」
必死に帝人が問うのは、今日からここ池袋のマンションでルームシェアをする予定だった男性の行方だ。すると彼女はようやく帝人に抱きついていた体を離して、しかし逃がさないとでも言うように帝人の右手を両手で握り締めた。
「残念だけど、私は男だって名乗った覚えはないんだけどなあ?」
そしておもむろにその帝人の指先にキスを落とすので、帝人はぎゃあと叫んで飛び上がった。
何、何なのこの人、からかってるの?冗談だよね?そう思うのに、ドキドキと心臓は勝手に早鐘を打つ。
「ま、まさか、甘楽さん・・・」
「やだあ、もう本名知ってるんだから、遠慮なくそっちで呼んでよ、ね?竜ヶ峰帝人君?」
ああ何てことだ、だって普段チャットで話している彼女と、全く違う文面だったじゃないか・・・!
帝人は絶望のため息をつきながら、恐る恐る、その名前を呼ぶ。って言うか手を離してくれないだろうか。
「・・・臨也、さん?」
「はい、大正解!」
ご褒美をあげる、とでも言うように、頬にキスをしてくるこの年上の女性に、ああ参ったと、帝人は頭を抱えるのだった。




帝人と、彼女・・・甘楽との出会いは1年前に遡る。
当時中学三年生だった帝人が、池袋の高校を受験することを決めて、その基礎情報を得ようとたまたま入った地域チャットで意気投合したのが始まりだ。
やたらテンションの高い女性で、思わず普段のノリで初対面からがんがんツッコミを入れてしまったことで気に入られたらしい。メアド教えてください☆と言われてフリーメールのアドレスを教えておいたら、翌日メールが届いて、甘楽の管理するという別のチャットへと誘われた。
遊びに行ってみれば、そこは自分の他に常駐しているのが2人という少人数チャットで、なかなか居心地が良く、帝人はすっかり入り浸るようになってしまったのだ。
なぜか最初から甘楽は帝人に懐いていて、会話の端々で『太郎さん愛してる☆』だとか、『私、将来太郎さんのお嫁さんになるの!きゃっ///』だとか『私と太郎さんは、赤い糸で結ばれているんですよぅ』だとか散々言われてはいたが、まあどうせ冗談だろうと帝人は気にしていなかった。大体会った事もないのに、とため息混じりに返したところ、内緒モードでオフ会に誘われ、それがあまりにしつこかったので夏休みの終わりごろに会って・・・思えばそれがいけなかった。


ファーストキスを奪われた。


・・・なんだその程度、とか思った人に言いたい。帝人は心の底から訴えたい。中学三年生という多感な時期に、夢に見るファーストキスとか言うのは、甘酸っぱくてくすぐったいものだ。断じて、あんなねちっこい、舌の絡まるようなものではないはずだ、断じて!トラウマになるよ!マジで!
しかもその直後に吐かれた台詞が、
「奪っちゃった☆」
だ。そりゃ殺意も浮かぶ。相手がどれほど美人だろうとも!
甘楽は、黙って笑っていればちょっと見蕩れるくらいの美人だった。中身はたいそう残念なのだが。
最初の印象は良かったのだ、「太郎さんですかぁ?」とふわりと微笑んだ笑顔は帝人の好みだった。だがそこからの印象の転落はすごかった。
結局、ファーストキスまで奪われて可愛い可愛いと連呼されたおかげで帝人は心に傷を負った。比喩では、決して、ない!
まあそれでも。
ネット上の付き合いや、メッセンジャーでのやり取りはやっぱり続いていて、池袋に引っ越すに当たっては賃貸情報を尋ねたりもしたのだ。そして、知り合いがルームシェアの相手を探しているという情報を持ってきたのも甘楽だった。罠だった。最初から罠だったのだ。
連絡を取ってみれば、折原臨也と言う、いかにも男性の名前でメールが届いたし、アドレスも甘楽のものと違ったので油断していた。
っていうか分かるわけない。普段が、
『もう、太郎さんってば、あんまり冷たいと甘楽ちゃんすねちゃいますよぅ!ぷんぷん!』
とかなのに、届いたメールは、
『折原です。ルームシェアの相手を探しているとのことですが、条件や要望がありましたら先に言ってください。こちらはこれから物件を探しますので、できる限りは加味します』
って感じだったんだから、分からないのも無理がない。親にも自信満々で男の人と言っていた。
その結果がこれだよ!




「あの、つまり、僕はあなたとルームシェアをするということですか?」
確認のように問えば、甘楽さん・・・いや、臨也さんはにっこりと艶やかな微笑を浮かべた。
「ようこそ、2人の愛の巣へ!」
「実家に帰らせていただきます」
「ちょっとちょっと!待ってよ帝人君、いいのー?」
くるりときびすを返し、マンションから出て行こうとした帝人の腰に抱きついて、臨也は太郎さん冷たい!でもそんなところも好き!ラブ!とわめいた。頼むから叫ぶな。
「夢にまでみた池袋ライフでしょー?帝人君の大好きな非日常の街だよ!っていうか私と暮らすのも非日常と思おうよ!ついでに結婚しちゃおうそうしよう」
「無茶言わないでくださいよ!っていうか僕まだ15歳ですけど!男女で一つ屋根の下とかありえないんですけど!」
って言うか離れて!帝人が必死に言う。それに頬を膨らませた臨也は、そういうこと言っていいの?と声のトーンを落とした。
「大人しく一緒に住まないって言うなら、私にも考えがあるけどなあ?」
にっこり。
ぞくっ。
背筋を何か冷たいものが駆け抜ける感覚に、帝人は体を強張らせる。と、その隙に臨也が思い切り体重をかけたので、玄関マットの上に倒れこんだ。
作品名:帝人くんにらぶ! 作家名:夏野