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ケーキとコーヒーと飴

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「ぐっちー、コーヒーちょうだい」
 診察終了後の愚痴外来――もとい、特別愁訴外来へ白鳥が奇襲を掛けたのは、単においしいコーヒーが飲みたかったに他ならない。
 近頃のぐっちーこと田口公平先生はお忙しく、なかなか捕まらないことが多かったが、昼過ぎに「今日は残ってカルテの整理をしないと……」と漏らしていたのを、白鳥は小耳に挟んでいた。
 だから当然のように診察室のドアを開けて声を掛けたのだが、それに対する反応が、なかった。機嫌が良ければ「白鳥さん」、悪ければ「自分で入れてくださいよ」と小気味よい反応が返ってくるはずなのだが。
 診察室に踏み込んで机を見やれば、田口は、居た。
 いつもの白衣姿で机に突っ伏している。
「ぐっちー?」
 耳を澄ますまでもなく、聞こえてきた寝息に白鳥は大きく眉を吊り上げた。行儀悪くスラックスに手を突っ込んだまま歩み寄り、手元を覗き込む。
 広げられたカルテ。
 眠気に抗えなかったのか、右手はペンを握ったままだった。
「あ~ぁ、気持ちよく寝ちゃってるよ……」
 まあ、無理もないか、と白鳥は思った。突然、救急精神医療責任者に命じられ、今まで持つことの無かった院内PSHを預けられてから、田口は院内をかけずり回っている。
 以前ならきっちり片付けていたカルテ整理を残ってやることにしたのも、度々救急救命センターに呼び出され、時間が取れないせいだろう。
 コーヒーを飲みたかったが、この状態の田口を起こすのも気が引ける。
 かといってコーヒーは我慢したくない。
 ……ここは諦めて自販機に頼ることにしよう。
 背広の上着を脱いだ白鳥はそれを田口の肩に引っかけ、回れ右をして診察室を出かけたが、何となく気が咎めて足を止めた。
 ――まあ、悪くはないですね。邪魔にならない大きさで。
 そう巫山戯るように言って、白鳥が田口を速水のもとへ送り込んだ。高階病院長に提案して救急精神医療責任者に命じさせた。つまるところ、田口がこれだけ疲れているのも白鳥が原因と言われれば、否定は出来ない。
「……まったく、ねぇ」
 せめてソファで寝てくれていれば、ここまで気にならないのに。いつも自分が寝ているソファをちらっと見やり、白鳥はしばらく寝入っている田口を眺めてから、ため息を吐いて髪を掻き回した。
 コツン、と革靴の音を立てながら近寄って、白鳥は田口の肩を掴んで背もたれにもたれさせ掛けた。室内を見て椅子ごと移動させるのは無理だと判断し、背もたれと背中の間に手を突っ込んだ。もう一方の手を下に回す。
「よ、っと」
 一応かけ声をあげてみたが、持ち上げた途端、思わず「軽っ!」と声が出た。見た目以上に軽い。本当にこれで成人した男なのかと呆れて、白鳥は腕に抱えた身体を揺すり上げてから、ソファの方へ足を向けた。
「田口先生」
 突然、無愛想な声とともにドアが開いて、静かな診察室に青い人影が入り込んできた。
 白鳥は思わず動きを止める。
 いきなり現れたのは、救命救急センター部長、速水だった。
 田口を抱き上げた白鳥を見てかすかに目を瞠る。
「――――」
 ためらったのもほんのわずかで、すぐにいつものふてぶてしさを取り戻して、速水は腕を組みながら顔をしかめた。
「何、やってる」
「見ての通りだ。ぐっちーを襲ってる」
 白鳥は口端で笑いながらソファに歩み寄り、田口の身体を下ろした。下敷きになった自分の上着を抜き出して羽織ると、ソファの背に掛けてあった毛布を取り上げ、腹の辺りに掛けてやる。
「お前こそ、どうした。愚痴を聞いてもらいに来たのか?」
 横目で白鳥を見やっていた速水は、話し掛けられてふいっと横を向くと、手に持っていた白い何かを田口の机に置いた。
「廊下で名札を拾った。届けに来ただけだ」
「へぇ、今日は救命センターも暇なのか」
 突っ掛かる白鳥をまた横目で見たが、速水は取り合わずにきびすを返す。だがなぜか足を止めると、首を捻るようにして部屋の中に突っ立っている白鳥と、ソファで眠っている田口を見た。
「やっぱりそうか……」
 小さく囁いて、速水は、笑う。
「田口先生を救命センターに送り込んだのは、やっぱりお前なんだな」
「何のことだ?」
 すっとぼける白鳥に、速水はソファで寝入る田口に無彩色の視線を投げる。
「お前らしくないからな」
 ソファまで田口を運んでやったことを言っているらしい。白鳥は腕を組んでにやっと笑い、否定も肯定も、しなかった。
「ま、好きに考えろ」
 そろそろ限界だった。カフェインが欲しい。白鳥は速水に背を向けて棚から自分用のカップを取り出し、サーバーに入っているコーヒー――かなり煮詰まっているが、背に腹は代えられない――を注いだ。
 そんな白鳥を速水はじっと見つめてから、歩き出す。
「あぁ、速水」
 そのままさっさと立ち去るかと思ったが、速水が訝しげな顔をしながら、ドアの前で立ち止まる。白鳥はそれを見るともなしに見ながら、手を伸ばして勝手知ったる冷蔵庫を開けた。
「お前、ケーキ好きだっただろ?」



 椅子に座れ、というと速水はしばらく突っ立ったままでいたが、白鳥が手際よく用意したチーズケーキを見ると、渋々といった調子で診察用のテーブルに着いた。最初は下を向いていたが、目を上げたかと思うと、窓際に並べられているサボテンや金魚を眺めやる。
 白鳥はその様子を見ながら、ようやく見つけたフォークを引き出しから引っ張り出した。
「お前の部屋、暗いからな。あそこじゃサボテンも育たないだろ」
「好きじゃない」
「金魚は和むぜ?」
 実際は世話をしたこともないくせにそういいながら、白鳥はチーズケーキを乗せた小皿を速水の前に置いた。その隣に来客用のカップに注いだコーヒー。
「ぐっちーのお気に入りのチーズケーキだ」
 ちら、と寝入る田口を見てから、速水は躊躇もせずに手を伸ばしてフォークを掴んだ。無造作に突き刺して口の中に放り込む。
 白鳥はその差し向かいに座って、青いカップを手に取った。
 ケーキを食べる速水を眺めやる。
 ――恐らく、ここが愚痴外来でなければ、こうして速水を誘う気にはならなかっただろう。この部屋の主の性格がそうさせたのかも知れない。
 ちらっとソファで寝る田口を見やり、自分が揶揄したサボテンや金魚を眺めやって、白鳥は胃に染み渡るコーヒーに思わず目を細めた。
「やっぱりここのコーヒーが一番だな」
 少しばかり、煮詰まっているが。
 ケーキを半分ほど食べたところで、速水が手を止める。
「お前は、いいのか」
 一瞬、何を言われたのかわからずに速水を見て、白鳥は気付いた。
 チーズケーキのことだ。
「好きじゃない」
 先ほど速水が言った言葉を繰り返して、白鳥はひらひらと手を振った。
「そんな甘い物、喰えるわけないだろ。お前こそよく喰えるな」
「俺の勝手だろ」
「ナース差し入れのケーキ、お前が全部喰ってたもんなぁ。ホント、甘い物好きなところは変わってないな」
「――……」
 しばらく皿の上のケーキを見てから、速水はフォークを持ち直し、田口が見たら「もっと味わって食べてください」と嘆く勢いで残りのケーキを平らげていく。
 白鳥はゆっくりとコーヒーをすすって、椅子に座り直した。
作品名:ケーキとコーヒーと飴 作家名:池浦.a.w