二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ケーキとコーヒーと飴

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

「で、そろそろ白状する気にはならないのか」
「何のことだ?」
「全部、吐いちまえよ。楽になるぞ」
 速水は最後の一切れを口に放り込んで、にや、と笑う。
 フォークと皿を机の上に置いた。
「楽になるのはお前だろ」
 言いながら手を伸ばして、速水は白磁のカップを手に取る。ケーキを食べた時の勢いで一気に傾けた。
「だいたいバチスタ・スキャンダルの時、お前、は――」
「……速水?」
 なぜか不自然に言葉を飲み込んで、速水が固まる。
 苦しげな顔をしていた。
 白鳥は思わず眉を跳ね上げる。
「おい、どうした?」
「……いや、何でもない」
 苦虫を噛み潰したような顔で否定してから、速水はカップを置いて、口もとを拭った。かと思えば忙しない動きでポケットを探って飴を取り出してくる。ケーキのあとに飴か、と呆れる白鳥の前で、手早く包みを剥いて口の中に放り込んだ。
 コロ、とかすかに口の中で飴を転がす音が響く。
「ところで、厚労省――」
 食べ終えたら用はない、という様に、速水が素早く立ち上がった。
「お前の左足の骨折、見事だったな」
「骨折?」
「佐藤チャンの所見で問題なかったが、一応、レントゲンを見た。お前は神経だけじゃなくて骨も図太いな」
 何のことかすぐにはわからなかった白鳥だが、よくよく思い出してみれば、愚図で阿呆な部下のせいで怪我をした時に運び込まれたのはここ――東城大学医学部付属病院の救急救命センターだった。
 となれば、速水が自分を見ていてもおかしくはない。
 口端で笑ってしまう。
「なんだ。見舞いにくらい来いよ」
「整形外科に、駄々をこねたら特別愁訴外来へ送れと、一言付け加えておいた」
 まさかお前の役に立つなんてな、と速水は遠くを見ままつぶやく。
 バチスタ・スキャンダルのことを言っているのだろう。
 白鳥は素知らぬ顔でコーヒーを飲んだ。
「ぐっちーと俺はあの時からいいコンビだからねぇ」
「次に骨を折る時は桜宮市外にしろ」
 口の中でコロリと飴を転がして、速水は今度こそ、部屋を出て行く。
 白鳥はそれを見送ってカップを傾けた。
 ふと、視線が傍らに落ちる。
 速水が置いていった飴の包み紙だった。
「アイツ、相変わらずケーキに目がないな……」
 包み紙を取り上げてぼんやりと眺め、手を降ろし、気付く。
 眠い顔をした田口が毛布を抱え、突っ立っていた。



 よっぽど眠いのだろう。
 田口はゆらゆらと視線を揺らしてから、どうにか白鳥に焦点を合わせる。
「……白鳥、さん?」
「あ、起きたの、ぐっちー。コーヒー、もらってる――」
「うわ、ちょ! これ、俺のチーズケーキじゃないですか!」
 ソファから立ち上がってもまだ寝ぼけていた癖に、ケーキを認めてからの覚醒は一瞬だった。
 相変わらず食い意地張ってるな、と呆れながら、白鳥はわざとらしく笑った。
「あ、さっきまで速水が居たんだよね。アイツ、昔からケーキが大好きでさぁ、物欲しそうにしてたからあげちゃった」
「あ、あげちゃった、じゃないですよ! ……楽しみにしてたのになぁ」
 がっくり、と肩を落として、田口が恨めしげに空になった皿を見つめる。白鳥は指先でつまんでいた飴の包み紙をその上に落とした。
「いいじゃない。昼にもひとつ、食べたんだからさぁ」
「よくないですよ。カルテ整理が終わったら食べようと思ってたんです。白鳥さんは好きじゃないからわからないんですよ」
 そう言いながらも、田口は毛布をもたもたと畳む。
 白鳥はその田口の前に自分のカップを滑らせた。
「ぐっちー、おかわり」
「……はいはい」
 まだ幾分か恨めしげにしながら、田口は空になった皿を取り上げて、ほんのかすかに眉をしかめた。改めて白鳥を見ながら複雑な顔を作る。
「速水先生と何か、話したんですか?」
「別にー。アイツってばぐっちーの大事なケーキをあげたのに、なぁんにも喋ってくれなかったよ」
 大事だってわかってるなら、とか僕のケーキなのにと口の中でぶつぶつと呟いたが、田口はそれ以上白鳥を責めはしなかった。かわりに皿を机の上に戻し、はぁ、とため息を漏らす。
「同期なんですよね。白鳥さんと速水先生って……」
 恐らく、同じ同期――酒井のことを思い出しているのだろう。田口はどこか苦しげな顔で、空の皿を見つめ、唇を噛みしめている。
 かすかに目を細めた白鳥は手を伸ばすと、青いカップを田口の視界に押し込んだ。
「だから、ぐっちー、おかわりだってば」
「……わかってますよ」
 白鳥のカップと、来客用のカップを取り上げ掛けて、田口があれ? と素っ頓狂な声をあげる。
「速水先生、コーヒー飲んだんですか?」
「はぁ?」
「あ、その、速水先生ってコーヒーが嫌いだって聞いた気がするんですよ。ブラックじゃ絶対に飲まないって。和泉がそんなこと言ってた、ような……」
「へぇ、そうなの」
 どうでもいいことだな、と思いながら白鳥は相づちを打って、ふと先ほどの速水の仕草を思い出す。コーヒーを一気に煽ったあと、なぜか不自然に黙り込んで、それから慌てて飴を食べていた。
 恐らく、少し煮詰まったコーヒーを思わず飲んでしまい苦みに仰天したが、水をくれとも言い出せず、飴を食べるしかなかったのだろう。――いつもふてぶてしい笑みを浮かべた速水とは思えない、子どもっぽい行動だった。
「なんだよ、アイツ……」
 思わずそんな言葉が口をついて出た。
 くっくっく、とのどの奥で笑ってしまう。
 ――結局、甘党なところも、コーヒーを飲めないところも変わっていない。
 速水の根にある部分は、あの夜――ふたりで無力感に叩きのめされたあの夜から、変わっていないのかも知れない。
 変わっていないでくれと、白鳥は柄にもなく、感傷的になりながら思った。



 田口は不思議そうな顔で笑う白鳥を見ていたが、手元のカップを見て我に返ったのか、白衣を翻して隣のスタッフルームに向かった。やがてあたたかなコーヒーをふたつのカップに入れて、戻ってくる。
「そういえば、白鳥さん、僕ソファで寝てました? 机でカルテの整理をしてたはずなんですけど……」
「あ、僕が運んだの。僕が来てもわからないほど寝ちゃってたからさぁ、ソファで寝た方がいいかと思って。ぐっちーってばびっくりするくらい軽いよねぇ」
「そうだったんですか。それは、ありがとう――」
 と言いかけて、田口の顔が驚愕で一変する。
「はぁ!? ははは、運んだ!?」
「そーだよー。しかも速水に見られちゃった。大丈夫、ぐっちー。速水は口は堅いから」
「ちょ、な、速水先生!? み、見られたって、はぁ!?」
 どうやらすぐには受け容れられないらしい。田口は顔を赤くしたり青くしたり、さらには中途半端に言葉を噛みながらわたわたとしている。白鳥はそれを眺めて、ずずっとコーヒーを飲んだ。
「あー、おいしいねぇ」
 最後には、信じられない、何でそんなことするんですか、と田口が叫ぶ。
 心ゆくまでコーヒーを味わった白鳥はようやく田口を見た。
「何でって、ぐっちーが好きだからじゃない」
「はぁ!?」
 今晩のすき焼きは米沢牛にしようか、と白鳥は笑いながら付け加えて、カップを置いた。

   終わり
作品名:ケーキとコーヒーと飴 作家名:池浦.a.w