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お前と俺とで遭難しました。西普編

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「…熱い」

ジリジリと頬を焼く太陽に目を開ける。体が重い上に湿っている。状況把握が出来ずに何度か瞬いて、プロイセンは体を起こした。
「…どこだ?ここ?」
頬がじゃりじゃりするのを叩いて、辺りを見回す。見たこともない、青い海、白い砂浜、緑の濃い植物。ざざんと打ち寄せる波の音と遠くで聴こえる鳥の鳴き声だけ。波打ち際には板きれと化した船の残骸物が打ち上げられている。

「…船、沈没したんだったな」

航海中、突然の嵐に船は巻き込まれ、あっという間に高波に飲み込まれ、海に放り出された。波に飲まれた瞬間に気を失ったかそこからの記憶がない。幸いなことに死ぬこともなく、良く解らない場所に自分は流れ着いたらしい。状況把握が終わり、プロイセンは息を吐く。
「…取り敢えず、誰か他にも漂着した奴がいねぇか、探してみるか」
海水を吸って重くなったケープを絞る。だばだばと水が滴る。ずぶずぶになったブーツを脱ぎ、そのブーツとケープを抱え、プロイセンは波打ち際を歩き始めた。





「…誰も、いなかったな」

島は小さく、あっという間に自分が漂着した場所まで戻って来てしまった。それから島の奥を探索するも、中は密林。人の気配はない。日が暮れ、島の奥から聞こえてくる得体に知れない獣の啼く声と胸を徐々に覆っていく不安で夜もろくに眠れていない。日がな一日、海を眺め、船が見えないかと視線を凝らすのにも疲れた。この島に漂着し、三日。解ったことはこの島にいるのは自分ひとりだと言うこと。取り敢えず水は確保できたが、食料は微妙で、食えるのか解らないものばかりだ。
(…あー、どうすりゃいいんだ?こんなときはよ…)
長いこと生きてはいるが無人島に辿り付いたことなどない。これが陸ならば、星と太陽を頼りに歩いていけば必ずどこかに辿り付くことが出来るが、見渡す限り海。たどり着く場所などどこにもない。プロイセンは眉間に皺を寄せた。いつ助けが来るかもこれでは解らないし、助けが来るまでどう凌げばいいのかも解らない。途方に暮れて、海の彼方を見つめるも船が通りかかる気配もない。
(…暫くは飲まず食わずでも、俺は大丈夫だけどよ…。あー、何でこーなるんだよ)
ケーニヒスベルクの港から船に乗り、海を経由してイタリアに渡航する予定だった。バチカンに呼ばれたのだ。それが、まさかこんな展開になるとは。プロイセンは頭を掻き毟った。
(俺様の日頃の行いが悪かったってのかよ!…んな、コトねぇよな?)
公国として認められ、何とか頑張って存続していこうと言う時期だった。…それが、何でこうなるんだよ。…プロイセンは溜息を吐く。これからどうすればいいのか、助けは来るのか、不安で頭がいっぱいでいつもなら当に気づいても可笑しくない気配に気づかず、突然、喉もとに突きつけられたナイフにプロイセンは目を見開き固まった。

「俺の秘密の場所を嗅ぎ付けてくるとは、ええ鼻しとるやないか。お前、どこのもんや?」

初めて耳にした人の声に、プロイセンは顔を上げる。日に焼けた肌、褐色の髪、緑色の目の青年が剣呑な目つきでプロイセンを睨む。プロイセンは赤い目を瞬かせた。
「……なんや、口も聞けんのか?」
「…ひとがいたのか…?」
遭難して三日ぶりに聞く人の声に思わず、安堵からぽろりと涙が零れる。それに青年は慌てた。
「な、何で泣くん?訳解らん奴やな、ってか、お前、海賊やないんか?」
「…かいぞく?」
初めて聞く単語にプロイセンは首を傾ける。内陸での生活が長く、海とは眺めるだけのものにしかすぎないプロイセンに海賊が何なのか解るはずもない。
「海賊ちゃうんか?」
「ちげーよ。…イタリアに向かってる途中、船が嵐に遭って、沈没したんだ…気がついたら、ここに流れついてて…」
「遭難?…あー、そういや、ウチの船で漂流しとる奴、何人か助けて、イタリアに行く商船に乗せたったわ。なんや、マリアがおらへんって、大騒ぎしとったな」
青年は突きつけていたナイフを鞘にしまうと、プロイセンの濡れた目じりを拭った。
「何人かは無事だったのか。良かった。…マリアは俺だ」
「へ?…マリアって女の子の名前やろ。お前、どう見たって男やん」
「…マリアが俺の名前なんだよ。新しい名前になったけど、古参の連中は俺のことをそう呼ぶんだ」
苦虫踏み潰したような顔をして、プロイセンは涙を袖でごしごし拭うとそう言い、顔を上げた。
「…お前も俺と同じで、嵐遭ってここに漂着したのか?」
プロイセンは青年を見つめた。
「俺?…違うよ。ここ、俺の秘密の場所やねん。ここからは陰になって見えへんけど、東側に船つけてあるよ」
青年の言葉にプロイセンは赤を瞬いた。
「…マジで?」
その言葉に青年が頷く。
「よっしゃー!!神様はやっぱ俺様を見捨てた訳じゃなかったんだな!」
プロイセンの口から歓喜の言葉が漏れた。
(…なんや、けったいなの拾ったな。口は悪そうやけど、なかなかの別嬪さんや。フランスに高う売りつけたろか)
そう思いながら、青年はプロイセンを見やる。プロイセンは首から下げた十字架を取り出すと膝を着き神に祈った。

「生くる甲斐も無しと独り、定めたりし者を死をも賭して救いませる、深き神の愛よ」

ラテン語で紡がれた言葉と深く澄んだ声に青年は暫し見蕩れる。プロイセンは滔々と歌うように神に謝意を捧げ十字を切ると、青年を振り返った。
「俺をあんたの船に乗せてくれ」
「どこのもんか解らんのを俺の船には乗せられへん」
ラテン語を喋り、聖書を諳んじるなど教養がなくては出来ない。身に着けている十字が刺繍されたケープもそのへんの庶民が身に着けているような安い麻や木綿ではない。首から吊るしたロザリオは銀だろう。青年は改めてプロイセンを見やった。
(…こんなけったいな目した奴、初めて見るわ)
淡い蜂蜜色をした金の髪に赤のコランダム。肌は透き通るように白い。南方にはまずいない。北方か、それともまだ見たことのない大陸から渡って来た人間だろうか。陽に透けて、色が変化していく瞳は今まで手にしてきた宝石の中にもないほどに美しいく輝いている。
「俺は、プロイセン公国の者だ」
「…プロイセン?聞いたことあれへんなぁ。身分を証明するもんがあるんか?」
「…ねぇよ。全部、流されちまったもん。バチカンに行けば身分を証明してくれる知り合いがいる。…頼む!俺を船に乗せてくれ!」
じっと赤に見つめられ、迷う。得体の知れない者を船になど乗せたくはないが、ここで見捨ててしまうのも気が引けた。まだ子どもではないか。嵐に遭い、島に流れ着き、不安な日を数日過ごしたのだろう。縋ってくるような潤んだ赤にを振りほどけるほど青年は鬼畜ではない。青年は溜息を吐いた。
「…ま、遭難したんやったらそうやろな。バチカンに知り合いって、お前、教会の関係者か?」
「関係者って言うか、以前、下で仕事してたことがあるんだよ。今回は大掛かりなミサをするって言うんで、イタリアの兄弟と歌うことになって呼ばれたんだ。陸から行くと時間かかるし、船で行くことになったんだけどよ…。あー、こんなことなら陸から行けば良かったぜ」
溜息を吐いて項垂れたプロイセンに青年は眉を寄せた。
「…イタリアの兄弟と歌うことになって?」