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お前と俺とで遭難しました。西普編

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そう言えば、今回の出航間際、ロマーノが、

『おい、スペイン、おれ、バチカンに弟と一緒に呼ばれたんで、暫く家に帰るぜ』

と、言ってはいなかったか…。

「…もしかして、お前、国か?」

特異な容姿はどう見てもやはり人ではない。青年は改めて、プロイセンを見やる。プロイセンはそれにこくりと頷いた。
「そーだけど。俺が、プロイセン公国だ」
それに青年は緑色の瞳を瞬かせた。
「…はー。まさか、こんなとこで国に会うなんて思うてもみんかったわ」
この南の小さな名前もない島で国の化身に会うなど誰が思うものか。青年はまじまじとプロイセンを見つめた。
「?…って、お前も国なのか?」
「そや。俺はスペインや」
青年は名乗る。それにプロイセンは目を見開いた。
「え?スペインって言ったら、超大国じゃん!なんで、そんな国がこんなとこいんだよ!?」
スペインと言えば七つの海を支配し、率いる艦隊は無敵の名を欲しいままにしている国ではないか。プロイセンはぎょっとした顔で青年を見やる。
「え、俺、超大国やったん?知らんかったわー。最近、海にばっかおるもんやから」
スペインの言葉にプロイセンは呆けたように口を開けた。
(…超大国だって言うから、すげー強そうな奴想像したたんだけど…なんか、イメージ違ぇ…)
見るからに人懐っこく、頼りがいがありそうに見える年若い兄ちゃんにしかみえない。プロイセンは夢でも見ているのかと、頬を抓った。それにスペインは可笑しそうにカラカラと笑った。
「お前、面白い奴やなぁ。ま、船に乗せたるわ。俺、丁度、国に帰るとこやったんよ」
「本当か?」
「ああ、本当や」
スペインはそう言い、立ち上がらせるべくプロイセンに手を差し伸べる。
「ありがとう。恩に…」
それに手を差し出し、帰れると解った安堵から、へらっと笑ったプロイセンの表情が瞬時にして険しく、赤が殺気を帯びる。その表情に見入るも束の間、スペインの腰から剣が引き抜かれる。それにハッとするも、殺気の強さに反応が遅れる。手首をぐっと引かれ、スペインは地に伏せた。

「ぐあっ!」

呻き声と一緒に鮮血の迸る音。白い頬に返り血を付着させ、プロイセンはスペインを背に庇い、片手で剣を構えた。

「な?!」

斬られると思ったが衝撃はいつまで経っても来ない。頬にざらりとくっついた砂を払い、振り返れば、そこには風体の怪しい武器を構えた男達。スペインは状況を把握すると眉を寄せた。男達の中央、眼帯に義足の男に見覚えがあった。
「…なんや、懲りずにまたちょっかいかけにきたんかい?」
砂を払って立ち上がる。どうやら、自分の背後に迫っていた男に気づき、プロイセンは咄嗟に自分の剣を抜いたのだろう。一瞬でも、子ども相手に油断し、裏切られたと思い、敵の気配に気づくことすら出来なかった自分をスペインは自嘲し、恥じた。
「ここにてめぇがお宝隠してることはお見通しなんだよ。案内してもらおうか、アルマダさんよ!」
声高に男が告げる。じりっと迫る手下の男達にスペインはフンっと鼻を鳴らした。
「ハン、ヤなこった!」
海賊とスペインの応酬に訳が解らず、プロイセンは眉を顰め、背後のスペインに視線だけをくれた。
「…えーっと、こいつ等、お前の敵?…ってか、俺、咄嗟に斬っちまったけど…」
プロイセンの緊張感に欠けた言葉とは裏腹に白い頬に斜めに走った血飛沫の跡が目に鮮やかで、それを目端に捉え、スペインはナイフを引き抜き、構えた。
「敵や。しつこく付きまとわれて困ってねん。討伐命令も出とる海賊の首領や」
「じゃあ、遠慮はいらねぇな!」
プロイセンはニヤリと笑うと剣を構える。襲い掛かってきた海賊の腕を払い、胴を薙ぐ。飛び散る血に怯むこともなく槍を持ち突進してきた海賊を躱し、一撃にうちに仕留めるのを見やり、スペインはほうっと息を吐いた。
「たいしたもんやな」
そう言いつつ、手にしたナイフでスペインは斧を振りかざし迫ってきた海賊の喉を裂いた。
「伊達に戦場で暴れてねぇよ!」
見事な手際で襲いかかって来る海賊を同時に相手にしながら、怯むこともなく一閃のうちに倒していくプロイセンにスペインも負けじと奮闘する。あっという間に屍の山が築かれ、波打ち際は赤に染まった。

「…さて、後はアンタ一人みたいやな?」

剣呑な視線を差し向ければ男は怯んだかのように島の奥へと逃げていく。それを冷めた目でスペインは見送った。
「えーっと、追いかけなくていいのか?」
追いかけようかどうしようか迷って、プロイセンはスペインを振り返る。スペインはナイフに付いた血を払うと鞘へと収めた。
「別に、ええやろ。奴らの乗ってきた船はもう俺んとこの者が片付けてるやろしな」
「…そっか」
プロイセンは頷くと、屍と化した海賊の衣服で剣に付着した血をきれいに拭い、柄をスペインへと向けた。
「悪ぃな。思ってたより間近に迫ってたんで、声かけられなかった」
「ええよ。助かったわ。プロイセンは俺の命の恩人やな。ありがとな」
柄を掴み、鞘に収めるとスペインはプロイセンの頬に手を伸ばした。
「…ん?」
その手にきょとんとした顔をするプロイセンにスペインは笑う。
「返り血ついとる。別嬪さんが台無しや」
「別嬪は余計だけど、ありが…にぎゃ!!!」
ぐいっと親指で頬を撫でられ、近づいてきた顔に反応が遅れる。頬をぺろりと舐められ、プロイセンは顔を真っ赤にして腕を突っ張る。それにスペインはにっこりと笑んだ。
「なんや、意外とウブなんやな」
「な、お前がいきなり変なことするからだろ!!」
「ちょっと、ほっぺた舐めただけやん」
「舐めるな!!」
舐められた頬を押さえ、睨むプロイセンが可愛い。見たところ、ひとで言えば十四、五歳、国としての成り立ちも浅そうだ。この異端の色をした子どもを周囲の人間は大事に、人の子と同じように特別扱いすることなく接してきたのだろう。口は悪いが、擦れてはいない。「ありがとう」を口に出来る素直さもある。接する人間に愛されて育ってきた国の子どもだ。スペインはプロイセンが可愛く思えて、手を伸ばす。それに何をされるのか警戒したような顔をして、プロイセンは身を硬くしたが逃げようとはしない。スペインはわしゃわしゃとプロイセンの髪を撫でた。
「お、意外に触り心地ええなぁ」
「むう。子どもあつかいすんな」
プロイセンは口を尖らせたもののされるがままになる。嫌な気はしない。この三日間、本当に寂しく心細かった。その所為か人肌が少し恋しい。短い頭髪を梳かれ目を細めるとスペインは小さく笑った。
「…ほんま、可愛ええな」
「可愛いって言うな!」
文句を言いつつも、肌に触れる手のひらにほっとしたような顔で目を閉じたプロイセンをスペインは思い切って抱き寄せる。プロイセンの体の線は国としての基盤が磐石ではないのか、華奢で細い。この華奢な体で荒くれ者の海賊を相手に引けを取ることもなく剣を振るったプロイセンの姿を思い出し、ぞくりと背筋が震える。
(…欲しいなあ…)
過ぎった征服欲。指先で頬を撫でる。先ほどの些細な悪戯に過剰反応して見せたプロイセンは暴れるかと思ったが、一瞬、体を強張らせただけで腕の中でじっとしている。
「…スペイン?」