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並盛亭の主人

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玉ねぎをスライスし、鶏肉をそぎ切りに。
三つ葉は短い幅で切って、卵は軽く割りほぐす程度に留めて。
それから醤油とだし、みりんを混ぜて煮汁に。
鮮やかな手際に、思わず綱吉は青年の手の動きをじっとみつめた。
青年は無言のままかちりとガスのスイッチを入れ、柄が上に向かって付いている変わった鍋に鶏肉と玉ねぎを入れて煮汁で煮る。
煮汁が沸騰し、鶏肉の色が変わって行くにつれて、醤油の香りがふわりと立ち上る。
鶏肉に火が通ったのを確認すると、今度は三つ葉をぱらりと入れて、卵を半分だけ鍋に流し込んで蓋をする。
(…あれ、半分だけ?)
くつくつと小さな音を立てる鍋を見ながら首を傾げると、少しだけ経って青年が蓋を開ける。
「…うん、良いかな」
ほわあ、と大きく湯気が立って、煮汁の絡んだ半熟の卵が鍋の中で小さく踊っているのが見えた。
「仕上げだよ」
きらきらと目を輝かせる綱吉の視線を受けながら青年は残りの卵を流し込み、軽く火を通す間に手早く器に炊きたてのご飯をよそう。
程良く火が通ったところでガスの火を切り、鍋の中身を器の上にふわりとのせる。
一人用のプレートに箸とそれを置き、青年は綱吉の前にことりと置いた。
「はい、親子丼」
食べな、と促されて、綱吉はいただきます、と両手を合わせて箸を手に取る。
ぱくり、とひとくち口に入れれば、とろりとした卵の中から程良い食感の鶏肉が現れて、噛みしめればじわりと出汁の味がにじみ出てくる。
「おいしい…!」
そこからはもう、夢中だった。



「…食べ物っていうのはね、基本的に美味しいものなんだよ」
綱吉がはくはくと半分ほど平らげたところで、青年が口を開く。
ふと箸を止めて視線を上げると、青年は卵を一つ手にしていた。
「素材をよく見て、すなおに料理してやれば。あとはこの子達が、教えてくれるんだ」
(…よく見て、すなおに…)
残り半分だけになった器を見下ろし、綱吉はふと懐かしい気持ちになる。
(母さんの味に、ちょっと似てるな)
いつもコンビニ弁当で済ませていたから、それに慣れてしまっていて、手作りの味なんてすっかり忘れていた。
その味を思い出させてくれたこの料理に、青年に、お礼が言いたい。
「ありがとう、ございます」
ぽつんと零された言葉に、青年はふわりと微笑って、カウンター越しに奔放に跳ねた綱吉の髪をぽふぽふと撫でてくれた。




「ごちそうさまでした」
「うん、おそまつさま」
綺麗に食べきると、お腹だけでなく心も満たされたような気がした。
「あの、ほんとにお金…」
「僕が良いって言ったら良いんだよ。君みたいな貧乏人からお金を取らなくたって、この店は繁盛してる」
ふん、とひとつ息を吐いて、青年は言う。
「はあ、それじゃあお言葉に甘えて…」
「但し、タダ飯食いは今回だけだ。次からはちゃんと、お金は払って貰うからね」
そう言いながら、青年は店の入口まで綱吉を見送ってくれた。



「今度は、余裕のあるときにでも来なよ」
帰り際、青年はそう言ってまた綱吉の蜂蜜色の髪を撫でる。
「あの、俺…一応大学生なんですけど」
なんだか子供扱いされてるような気がしたので、思わず文句を言うように言うと。
「知ってるよ。その先にある、美大の学生でしょ」
「え」
知ってたんですか、と目をぱちくりさせると、青年はくすりと笑う。
「この間会ったときだって、デッサンで使う木炭買って持ってたじゃない」
「…あ」
「あれは大方、学生生協に置いてある分が品切れだったから、うちの近くにある画材屋まで買いに出た、ってところかな?おまけにそれで、あの日は昼食代が飛んでいった」
「……!」
「図星?」
行動までずばり言い当てられて、かあっと綱吉は頬を紅くする。
「あ、あう…」
口ごもる綱吉に、青年はますます笑みを深くする。



「君、名前は?」
「さ、沢田綱吉、です」
「ふうん、沢田綱吉、ね」
口の中で転がすように名前を呟き、青年は悪くない名前だね、と零す。
「僕は雲雀恭弥」
「雲雀さん、ですか」
「うん」
おそるおそる呼ぶと、青年───雲雀はふ、と笑う。
「…君は僕が出したものを、ずいぶんと美味しそうに食べてくれたからね。気に入ったよ」
また、いつでも食べにおいで。
どこかあまく、ささやきじみた声に、綱吉は思わず、こくこく頷いてみせた。




この邂逅が縁で、綱吉は雲雀の経営する『並盛亭』にバイトとして雇われることになり、ついでに恋人同士にまで発展していくのだが。
それはまた、別の話。


作品名:並盛亭の主人 作家名:新澤やひろ