二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
葛原ほずみ
葛原ほずみ
novelistID. 10543
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

夜明け前

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
「急にはしゃいだり甘えたり、らしくないぜ」
 ベッドに寝かせたシェリルを見下ろし、アルトは呟いた。その視界に、薬の入った瓶が目に入る。
「……無理もない、か」
 アルトはベッドの端に腰をおろした。こちらに背を向けて、子供のように丸まって眠る彼女の髪に触れる。
 ――不安、だろうに。
 彼女が自分の前で涙を見せてからもう一月ほどが経つ。
 日を追うごとに目に見えて困窮して行くフロンティア、そして以前ほど大規模ではないにせよ出没するバジュラ。ランカが去り、対バジュラ戦で決定的にこちらが勝利することは難しくなったが、命と引き換えにするように今度はシェリルの歌にランカと似た力が備わり、政府に協力することになったのはあの後彼女から聞いた。早乙女家に長く居候していた彼女は、政府が用意した部屋に移り、それ以来半同棲のような状態になっている。
『私にはもう歌しかないの、それだけが私の生きた証なのよ!』
 あの日、絞り出すようにそう言ったシェリルが悲しくて、可哀相で、でも同時に初めて触れた彼女がずっと隠していた部分に単に同情とは言えない、もっと胸を掻き毟られるような感情を覚え、気丈な彼女の瞳から零れた涙に吸い寄せられるように、気付いたら強く抱き締めていた。
 そして誓った。――最後まで側にいると。
 誰にも言う気はないが、もし誰かに事の経緯を話せば、不治の病を抱えた彼女に同情したんじゃないか、と言われる可能性は高いだろう。実際自分でもあの時そういう気持ちが全くなかったと否定する気はない。
 でも、それだけじゃなかった。それは確信している。
 不治の病を抱え、命に不安を抱いて震えている彼女に対してむしろ不謹慎かもしれないが、浴衣を着た薄い肩を震わせて泣く彼女をどうしようもなく可愛く、いとおしく感じた。
 度重なる接触で彼女に『女』を感じたことはあったし、自分に厳しく、自分の信じた道に全く迷いを見せない、眩しいぐらいにブレのない彼女を人として尊敬し信頼してもいた。好きか嫌いかと訊かれたら確かに好きだったし惹かれていた。そうでなければいくら彼女の様子がおかしかったとはいえ縁を切ったはずの実家に訪ねて行ったりしない。
 だが彼女を、守り、いとおしむ対象として見たのはあの時が初めてだったと想う。
 いつも憎まれ口ばかり叩いて、勝気で、女王様然とした彼女。ケンカのようなやりとりをするのも振り回されるのもそれはそれで楽しかったし、一緒にいて楽だった。気を遣わなくていい、取り繕わなくていい、素で接する事の出来る相手。
 そんな彼女が初めて見せた本音。それまでにも察する機会はあっただろうに、自分はそれに気付かなかった。彼女があまりに上手く演じていたから。否、演じている彼女が自分にとって楽だったから。
 自分の歌舞伎役者としての才能を云々とよく言われるが、演じるという意味では銀河の妖精シェリル・ノームは一枚上手だったのだろう。というか、流されるままに無意識に演じている自分よりも意識的に一本筋の通った役を演じ続けていた彼女の方が上手だったのは当然といえば当然に思える。
 歌い続ける勇気を頂戴、と涙に濡れた瞳で微笑んだ彼女を、ただ抱き寄せて口付けた。
 突然相手から盗まれたのでもない、演技でもない、初めて自らの衝動で重ねた唇。
 何度か啄むように触れて、その柔らかさとか、こぼれた吐息の甘さとか、頬を伝い落ちる涙とか、縋るように自分に寄り添ってくる彼女の体温とか、それが消えてしまう恐怖とか、さまざまな感情がない交ぜになって口付けを深めようとしたとき、彼女が身を引いた。
 V型感染症は体液や血液で感染するから、と。
 こんなになっても、それでも他人の心配ばかりする彼女に、むしろアルトが泣きたくなった。元々人への感染力の弱い病だ、口付けぐらいでうつるものではない。それ以上のことだって出来ないわけではない。それでも、そんな彼女の想いがわかるから彼女の意志に従い、アルトは口付けを深めるよりも、抱き寄せていた彼女を自分の胸の中に深く抱き締め直した。
 そして落ち着いた彼女を布団に寝かせ、眠りに着くまで見守っていて、その後でオズマからのメールを読んだのだ。
 タイミングが違えば、確かに自分もSMSのメンバーと一緒に行っていたかもしれない。シェリルとのことを知らないオズマはそういう意味で言ったのではないだろうが、流されているだけだ、と言われて反論もできなかった。
 あれからずっと考えていた。自分の気持ちを。目くらましになるさまざまな事柄に惑わされず、ただ自分の気持ちだけを見詰めたら、そこには何があるのか——誰がいるのか。
 アルトはシェリルの髪を指に絡めたりして手遊びしながら、この一ヶ月の彼女を思い返す。
 結局、弱さを曝け出したのはあの夜だけのことだった。
 確かに決定的な言葉はお互いに口にしなかったけれど、アルトとしてはあれは恋人として側にいるつもりの言葉だったし、翌日からのシェリルの態度には今までより甘さが加わっていたので、彼女にも通じたのだろう。
 おはようのキス、おやすみのキス、それはただかすかに触れ合うだけの軽いものだけれど、彼女からしてくることもあれば要求されてアルトからすることもあったし、逆にアルトから自主的にすることもあった。彼女の不意をついてキスをすると、驚いたような焦ったような表情をした後、照れと喜びと戸惑いが混ざったような顔を一瞬して、それからアルトのくせに無断でキスするなんてナマイキよ!と怒ってみせる。その一連の流れの合間に彼女の素の表情が見える気がして、それにアルトのくせにと彼女が言うのが最近では可愛くて仕方がなくなってきていて、もう何度唇を触れ合わせたかわからない。
 一緒のベッドで眠ったことも何度かある。といっても本当にただ寄り添って眠っただけだ。今日のように彼女が帰るなと駄々をこねて、ただ胸に抱いて眠った。正直、柔らかい胸が押し付けられたり甘い匂いが鼻先をくすぐったりして多少まずい状態になりかけたこともないわけではないが、
『ひとの鼓動って、こんなに気持ちが落ち着くものなのね……』
 アルトの胸に耳をあててうっとりとそう呟いた彼女のためなら、即物的な衝動などいくらでも抑えられると思った。彼女が望むならどんな状況で何をしても構わない。それによって感染の恐れがあるなどたいしたことではない。初期症状なら治癒可能なのだ。そうでなければ完治していないことを知らなかったのに普通に生活をおくってはこられなかっただろう。
 今日包丁で切った指先の血には触れさせようとしなかったが、パイロットコースの実習で彼女が小さな怪我をした時に普通に治療してやったこともあった。無頓着に彼女の血に触れたけれど自分に病は当然うつっていない。本来、人に対してはそんな程度の感染力なのだ。
 彼女は甘えてみせているようで、その実あまり甘えてくれていない。
『帰っちゃだめよ。ずっと側にいなさい』
 命令口調だけれど、あえて言うなら今日で一番本音に近い言葉だっただろう。
作品名:夜明け前 作家名:葛原ほずみ