Kissin' Christmas
「うー、寒」
伊月はぶる、と身を震わせた。
十二月下旬、雪こそ降らないものの東京も夜はそれなりに冷え込む。家を出たときはそこまで寒くもなかったので、少し薄着で来てしまった。
「伊月は寒いの強くないくせに何度言っても何度言ってもちゃんと防寒するってことを学習しねーよな」
ポケットに手を突っ込んで背を丸めた伊月を見て、日向が呆れたように言う。
「重いコートとか、もこもこして動きにくいの苦手なんだよ」
日向は日中買い物に出たときにはTシャツにパーカーを羽織っただけだったが、今はダウンジャケットをその上から着て、襟元にはマフラーを巻いている。伊月はといえば言葉通り、Vネックのカットソーに日向のよりは厚手だが綿素材のパーカーを羽織っただけだ。前をしっかり閉めてはいるが、開いた襟元がどうしても寒い。なのにマフラーも巻かない、もっと暖かいコートも着ない、それでクシャミを連発したり震えたりしているのでしょっちゅう日向に怒られる。だがひとしきり怒った後、日向はいつも自分のマフラーを別れるまでのあいだ貸してくれるのだ。
正直なところ、伊月がマフラーをしないのはそのやりとりが気に入っているからと言っても過言ではなかった。日向に世話を焼かれるのも、甘やかされるのも、くすぐったいような気持ちになってとても好きだ。
——ばかだろ、自分。
ツッコミはいれるが、だからといって改める気もない。好きな相手に、付き合っている恋人に、構ってもらうのが好きで何が悪い。もし相手が日向じゃなくて誰か女子だったとしても、同じように甘えたりするだろうと思う。ウザい死ねと言われるのにいつもいつも決まって日向にばかりダジャレを言いたがるのだって、元来母譲りのダジャレ好きというのもあるが、日向にいじられるのが楽しいからだ。自分でも本当にウザいと思うこともあるが楽しいのだからいいことにする。それに日向だって本当の本当にやめろと思っているわけではないとわかっているからこそ伊月も続けている。さすがにそこまで空気が読めないわけじゃない。
「それじゃ寒くて当然だろ。ちょっと待て」
日向が一旦立ち止まって周りを見ると、こっち、と細い路地に入って行く。いつものようにマフラーを巻いてくれるのかと待っていた伊月は何事かと思いながら素直に付いていった。
寒い冬の夜、さっきまで歩いていた道も人通りはあまりなかったが、奥の駐車場で行き止まりになっているらしいその路地は街灯も少なく、人影は全くない。わざわざ連れて来られなければ道があることすら意識しなかっただろう。
——ちょ、こんな暗がりで何する気だよ。
まさか、と思いつつ少しドキドキしていたら、駐車場の手前で日向が立ち止まり、カバンを肩からおろした。
——え?
なんだろう、と戸惑いながら見ていると、日向は中からラッピングされた包みを取り出し、ほらこれ、と伊月に差し出す。
緑を基調とした柔らかい素材の包み紙に、赤のリボンが結ばれているもの。それはどう見ても。
「なんだ、これ」
だが予想外の展開に伊月は思わず素で訊いてしまい、だアホ、と頭を軽く叩かれた。
「今日何の日だと思ってんだよ、さっきまで皆でやってたの何パーティーだよ!」
カントクの家にバスケ部二年全員で集って、ケーキやチキンを食べて、試合のビデオを見て、ゲームをやって、楽しく時を過ごしてきたそれは。
「……クリスマス?」
「だったらさっさと開けてみろ、この天然が」
睨み付けられて、改めて包みに目を落とす。
「あ、うん」
日向に見張られるようにしながらかじかむ手で丁寧に包みを開くと、中から出てきたのは温かそうな白のマフラー。
「これ……」
伊月が視線を再び上げると、日向が視線を外して鼻の頭をこする。
「……お前どんだけ言ってもマフラー買わないだろ。オレといないときに風邪でもひかれたら困るし、気になるから」
口調は不機嫌そうだが、照れているだけなのは丸わかりだ。
——一緒にいないときにも、気にしてくれてるんだ。
伊月自身はそうだし、日向も多分そうだろうとは思っていたが確信は持てないでいた。改めて言葉にされればやはり嬉しいし、胸の奥からくすぐったいような嬉しさがじわっと身体中に広がってくる。
——すごい嬉しい。嬉しいけど、でも。
「巻いてやるから貸せ」
照れ隠しからかぶっきらぼうにそう言いつつ日向が伊月の手の中のマフラーを掴もうとするが、伊月はそれを背に隠した。
「おい」
「そっちがいい」
「は?」
「日向がしてるのがいい」
伊月の言葉に、日向が信じられない、と言わんばかりな眼差しでまじまじと伊月を見てから、眉を寄せてはー、と深く息を吐く。
「お前な、人がせっかくクリスマスプレゼント用意したってのにありがとうも言わずにいらない宣言かよ。さんざ迷って買ったマフラーより使い古しでぼろぼろがいいって、なんだそりゃ」
がっかりしたように言う日向に、伊月は慌てて首を横に振った。
「違うって、いらないなんか言ってないだろ。すごい嬉しいって、ありがと」
手に持っているだけでも温かいそれを、日向はきっとすごく考えて考えて選んでくれたのだろう。温かさとか、伊月の好みとか、似合うかどうかとか。もう本当にそれだけでも伊月は十分なぐらい嬉しい。が、このままのこれでは嫌なのだ。
「とってつけたみてーに言わなくていいよ。だってそれよりこっちのがいいんだろ」
何が違うんだ、と剣呑な目付きで睨まれた。伊月はもらったマフラーをおずおずと日向に差し出しながら言う。
「これはすごい嬉しいけど、しばらく日向に巻いててほしい」
「は? 意味わかんねーんだけど」
更に眉間の皺を深くする日向に、伊月は少し俯いて、上目遣いに様子をうかがいながら理由を話す。
「だって、これあったかそうだけど、日向の匂いしないじゃん」
「…………はあ?」
「巻いたときに日向の体温とか匂いとかわかるのがいいんだよ。じゃないと温かいカンジがしないし」
ワガママを言う伊月に、日向はなんとも言えない顔をしながら手を額にあててああもう、と低く唸った。そして自分のマフラーを取ると伊月の首に巻き、そのままぎゅっと抱き寄せる。
「ちょ、ここ外……っ!」
慌てて伊月が押し戻そうとするが、耳元で「誰もいねーし」と囁かれておとなしく伊月も日向の背にそっと手を廻した。
「あーくそ。どーしてお持ち帰り出来ない日にそーゆーこと言うんだよバカヤロー」
「……お持ち帰り無理なんだ?」
「だからそういう誘うようなこと言うなって。明日練習の前に家の用事があんだよ」
引き受けるんじゃなかった、と本当に悔しそうに言う日向がおかしくも嬉しくて、伊月は思わず笑ってしまった。
「笑ってんじゃねー」
途端に日向に頭を叩かれ、ごめんごめん、と謝りながら伊月は日向の背を抱き返す。最初は外気で冷えていたダウンの表面も、じわじわとお互いの体温で温まってきていた。もこもこした背を撫でながら、伊月はでも、と甘えるように続ける。
「今日無理でも、どうせ泊まりにくるだろ」
伊月はぶる、と身を震わせた。
十二月下旬、雪こそ降らないものの東京も夜はそれなりに冷え込む。家を出たときはそこまで寒くもなかったので、少し薄着で来てしまった。
「伊月は寒いの強くないくせに何度言っても何度言ってもちゃんと防寒するってことを学習しねーよな」
ポケットに手を突っ込んで背を丸めた伊月を見て、日向が呆れたように言う。
「重いコートとか、もこもこして動きにくいの苦手なんだよ」
日向は日中買い物に出たときにはTシャツにパーカーを羽織っただけだったが、今はダウンジャケットをその上から着て、襟元にはマフラーを巻いている。伊月はといえば言葉通り、Vネックのカットソーに日向のよりは厚手だが綿素材のパーカーを羽織っただけだ。前をしっかり閉めてはいるが、開いた襟元がどうしても寒い。なのにマフラーも巻かない、もっと暖かいコートも着ない、それでクシャミを連発したり震えたりしているのでしょっちゅう日向に怒られる。だがひとしきり怒った後、日向はいつも自分のマフラーを別れるまでのあいだ貸してくれるのだ。
正直なところ、伊月がマフラーをしないのはそのやりとりが気に入っているからと言っても過言ではなかった。日向に世話を焼かれるのも、甘やかされるのも、くすぐったいような気持ちになってとても好きだ。
——ばかだろ、自分。
ツッコミはいれるが、だからといって改める気もない。好きな相手に、付き合っている恋人に、構ってもらうのが好きで何が悪い。もし相手が日向じゃなくて誰か女子だったとしても、同じように甘えたりするだろうと思う。ウザい死ねと言われるのにいつもいつも決まって日向にばかりダジャレを言いたがるのだって、元来母譲りのダジャレ好きというのもあるが、日向にいじられるのが楽しいからだ。自分でも本当にウザいと思うこともあるが楽しいのだからいいことにする。それに日向だって本当の本当にやめろと思っているわけではないとわかっているからこそ伊月も続けている。さすがにそこまで空気が読めないわけじゃない。
「それじゃ寒くて当然だろ。ちょっと待て」
日向が一旦立ち止まって周りを見ると、こっち、と細い路地に入って行く。いつものようにマフラーを巻いてくれるのかと待っていた伊月は何事かと思いながら素直に付いていった。
寒い冬の夜、さっきまで歩いていた道も人通りはあまりなかったが、奥の駐車場で行き止まりになっているらしいその路地は街灯も少なく、人影は全くない。わざわざ連れて来られなければ道があることすら意識しなかっただろう。
——ちょ、こんな暗がりで何する気だよ。
まさか、と思いつつ少しドキドキしていたら、駐車場の手前で日向が立ち止まり、カバンを肩からおろした。
——え?
なんだろう、と戸惑いながら見ていると、日向は中からラッピングされた包みを取り出し、ほらこれ、と伊月に差し出す。
緑を基調とした柔らかい素材の包み紙に、赤のリボンが結ばれているもの。それはどう見ても。
「なんだ、これ」
だが予想外の展開に伊月は思わず素で訊いてしまい、だアホ、と頭を軽く叩かれた。
「今日何の日だと思ってんだよ、さっきまで皆でやってたの何パーティーだよ!」
カントクの家にバスケ部二年全員で集って、ケーキやチキンを食べて、試合のビデオを見て、ゲームをやって、楽しく時を過ごしてきたそれは。
「……クリスマス?」
「だったらさっさと開けてみろ、この天然が」
睨み付けられて、改めて包みに目を落とす。
「あ、うん」
日向に見張られるようにしながらかじかむ手で丁寧に包みを開くと、中から出てきたのは温かそうな白のマフラー。
「これ……」
伊月が視線を再び上げると、日向が視線を外して鼻の頭をこする。
「……お前どんだけ言ってもマフラー買わないだろ。オレといないときに風邪でもひかれたら困るし、気になるから」
口調は不機嫌そうだが、照れているだけなのは丸わかりだ。
——一緒にいないときにも、気にしてくれてるんだ。
伊月自身はそうだし、日向も多分そうだろうとは思っていたが確信は持てないでいた。改めて言葉にされればやはり嬉しいし、胸の奥からくすぐったいような嬉しさがじわっと身体中に広がってくる。
——すごい嬉しい。嬉しいけど、でも。
「巻いてやるから貸せ」
照れ隠しからかぶっきらぼうにそう言いつつ日向が伊月の手の中のマフラーを掴もうとするが、伊月はそれを背に隠した。
「おい」
「そっちがいい」
「は?」
「日向がしてるのがいい」
伊月の言葉に、日向が信じられない、と言わんばかりな眼差しでまじまじと伊月を見てから、眉を寄せてはー、と深く息を吐く。
「お前な、人がせっかくクリスマスプレゼント用意したってのにありがとうも言わずにいらない宣言かよ。さんざ迷って買ったマフラーより使い古しでぼろぼろがいいって、なんだそりゃ」
がっかりしたように言う日向に、伊月は慌てて首を横に振った。
「違うって、いらないなんか言ってないだろ。すごい嬉しいって、ありがと」
手に持っているだけでも温かいそれを、日向はきっとすごく考えて考えて選んでくれたのだろう。温かさとか、伊月の好みとか、似合うかどうかとか。もう本当にそれだけでも伊月は十分なぐらい嬉しい。が、このままのこれでは嫌なのだ。
「とってつけたみてーに言わなくていいよ。だってそれよりこっちのがいいんだろ」
何が違うんだ、と剣呑な目付きで睨まれた。伊月はもらったマフラーをおずおずと日向に差し出しながら言う。
「これはすごい嬉しいけど、しばらく日向に巻いててほしい」
「は? 意味わかんねーんだけど」
更に眉間の皺を深くする日向に、伊月は少し俯いて、上目遣いに様子をうかがいながら理由を話す。
「だって、これあったかそうだけど、日向の匂いしないじゃん」
「…………はあ?」
「巻いたときに日向の体温とか匂いとかわかるのがいいんだよ。じゃないと温かいカンジがしないし」
ワガママを言う伊月に、日向はなんとも言えない顔をしながら手を額にあててああもう、と低く唸った。そして自分のマフラーを取ると伊月の首に巻き、そのままぎゅっと抱き寄せる。
「ちょ、ここ外……っ!」
慌てて伊月が押し戻そうとするが、耳元で「誰もいねーし」と囁かれておとなしく伊月も日向の背にそっと手を廻した。
「あーくそ。どーしてお持ち帰り出来ない日にそーゆーこと言うんだよバカヤロー」
「……お持ち帰り無理なんだ?」
「だからそういう誘うようなこと言うなって。明日練習の前に家の用事があんだよ」
引き受けるんじゃなかった、と本当に悔しそうに言う日向がおかしくも嬉しくて、伊月は思わず笑ってしまった。
「笑ってんじゃねー」
途端に日向に頭を叩かれ、ごめんごめん、と謝りながら伊月は日向の背を抱き返す。最初は外気で冷えていたダウンの表面も、じわじわとお互いの体温で温まってきていた。もこもこした背を撫でながら、伊月はでも、と甘えるように続ける。
「今日無理でも、どうせ泊まりにくるだろ」
作品名:Kissin' Christmas 作家名:葛原ほずみ