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さよならのむこう側

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こんなに不安な気持ちで人を待つことは、ツナにとって長らく無かった感覚だ。
ふと、足音を聞いて顔を上げる。目が合った瞬間、骸は実に不愉快そうな表情を浮かべた。
毎回毎回、その嫌そうな顔は何年も前に見飽きた。次に出るやり取りも、もう何年も代わり映えがしない。
変わった事といえば視点くらいか。出会った当初は向かい合うと見上げていたくらいだが、今となっては自分からやや見下ろす形になる。男の姿かたちは『ここ』では未だ出会ったままの少年の身体だ。
「僕はこの間も『もう二度と会いたくない』と言ったはずです。何度別れを告げれば君はわかるんですか」
「うん、何度も聞いてる。俺だっていつも気づいたら居るって何度も言ってるだろ」
これはツナの嘘だった。自分の意思に関係なく迷い込んでしまった昔とは違い、不用意に他人の精神の奥底を覗かない加減は出来るようになっている。
踏み止まるぎりぎりの位置がこの場所だ。
抜けるような青空、それを映して輝く透き通った湖。空に太陽はないが景色はすこぶる明るい。湖畔に立つ、のびのびと枝を広げた大木の根元に腰を下ろしていると、爽やかな草木の匂いが届く。
心象風景というやつだろうが、彼を知る人間にしてみれば嘘くさいほどの清々しさだ。
自然と、逢瀬はいつもここになる。
「いいじゃないか。どうせ俺が来なきゃあの三人の様子とか聞けないんだし。座れよ」
「誰に向かってそのような口を…必要ないと言いませんでしたか」
「でも、聞きたいだろ?」
笑顔を作り改めて自分の隣を示すと、骸はため息を付いてゆったりと腰を下ろした。
これも毎度のこと。訪れる度に、どんなに嫌な顔をしても別れ際に二度と顔を見せるなと言おうとも、骸は結局自分の隣に腰を下ろす。
骸はもう六年、クロームの表層意識に上がっていない。厳しく長い幽閉生活のために出来なくなったのかと、ある日突然彼の存在を身の内に感じられなくなったクロームは不安がっていたが、そうではない。
彼は自分の意思で、外へ意識を向けることをやめてしまっていた。
「相変わらずちゃんと三人で頑張っているよ。たまに仕事貰いに来てもいるし。ただこれから少しボンゴレの近辺が慌しくなりそうだけど…彼らなら大丈夫」
「クフ、また抗争ですか。マフィアというのは本当に愚かな生き物だ」
「あはは…迷惑はかけないからさ」
「では僕を担ぎ出すつもりはないのですね。結構だ。近頃では一体何時そのような恥知らずな言葉が君の口から飛び出るのかと、少し期待しているのですけど」
「しないよ」
いつになく断定的に漏れたツナの言葉に、骸は薄いながらも驚きを顕にした。
「分からなかったかな? こうしていつ来ても、俺は一回もお前にそんな話をしたことない」
それは偏に、ツナ自身がそうだったからだ。家庭教師の突然の来訪。巻き込まれるままにマフィアとの関わりを持つことになり今ではまんまとファミリーのボスに祀り上げられている。
今となっては昔の話だが、当時はとても納得できることではなかった。
リング戦より四年経った頃、やっとクロームは犬と千種が居れば問題ないところまできた。彼女たちに骸の助けが必要が無くなった今、しかし再び骸が脱獄を企てる気配もない。
きっと骸は誰に自分や彼女らを利用されることも耐え難いのだと、何年も外界への意識を閉ざしているのだろう。
ならばその意志は尊重したかった。守護者に引き入れた父親の家光はどうだか知らないが、彼を隷属させることがツナの……牽いては現在のボンゴレファミリーの目的ではない。
「分からないわけが無いと…君は僕に言わせたいんでしょうね。それはさぞかし愉快なのだろう」
骸は静かな怒りに顔を歪ませる。自分の言葉がそんな顔をさせてしまうことくらい分かっていた。
それでも、他でもない今、言わなくてはいけないことだった。
「違うんだよ。本当はこんなこと自分から言い出すつもりなんてなかった。自由にやらせているように見えていても、確かに実際あの三人を庇護下に置いては居るよ。でもそんなのお前に対しての牽制になんて思ってないし、したくもない。でもそれってお前がここに居ることでちゃんと彼らを守ってることになるんじゃないのか。ボンゴレの存在は結局お前にとっても彼らを守る手段でしかないだろ」
初めは理不尽に押し付けられた現在の地位。確かに『なぜ自分が』という想いはツナの中にあった。しかし今は漠然と生きるよりはマシだと感じていた。
人の力になれることが増えた。自分の手で出来ることが圧倒的に増えたのだ。
ツナ自身が何かを人に押し付けたくないのもある。自分の手で出来ることが増えたことによって、それを望まない人に頼らなくて良かった。
だからこそこの十年、暗黙の元、利害が一致していることを悟ってお互いにこうして肩を並べている。
しかしこの緩やかな関係を許していたのは他でもないツナの方であるということも骸は知っている。
ツナは骸があの三人を『守っている』といった。同時に『牽制にするつもりなどない』と。
苛立ちと共に骸は嘆息をする。気づいているのだろうか。それは裏を返せば『その気があるならば既にやっている』と言うのも同然だ。
「自分の手だけで収まることが増えたから、お前に頼らなくて良かったんだよ。ただでさえ手がかからなくなって寂しいもんだからって拗ねて引きこもってる奴に鞭打つような…」
「なっ……ちょっと待ちなさい。聞き捨てなりませんね。いつ誰が拗ねて引きこもってなど」
「むしろ、少しくらい頼って欲しいくらいなんだから」
「……無視ですかそうですか」
「こうして夢の中で会うことにも意味を求めたりしてさ。なにか…助けが必要なんじゃないかって。いつか頼ってくれるようになるんじゃないかって。同情じゃないことくらいは、わかるだろ」
いつ現れても、三人の様子だけを伝え涼しい顔をして帰っていくくせに、今日は随分と饒舌だった。
――ああ、そうなんですね。
不意に直感した。何かに駆られるように言葉を紡ぐ男に、もう目をそらすことなく、応えなければならない時が来たのだと頭の奥底で悟った。
骸は改めて男に問う。
「……何故この十年、何の取引も持ちかけてこなかったのですか」
「信じて貰いたかったから。俺達のこと。それで、仮に何か持ちかけるようなことがあったとしても、そっちから言い出して欲しかったからだ」
わかっていた。実質、彼の想いに庇護されていたも同然だ。
十年。何もせず、何をも憎まず、そして疑い続けた十年。気づけば憎しみの芽すら摘まれていた。
身の内に残ったのはボンゴレに…沢田綱吉という男に対する意地だ。
確かに彼はこの年月で随分と強かになった。しかし性根は今でも甘ったるいままだ……残酷なくらいに。
「助けて欲しいことなんて…何もなかった。君は僕から苦痛さえ奪っていたじゃないか」
しばらく見詰め合った後、心底、といった溜め息を吐いた。
「…そう言って貰えて安心したよ」
「性格の悪い。やっぱり言わせたいんじゃないですか」
「うん…すごい弱気になってたんだよ。もし信じてもらえてなくても、これからのことを思うと逆にそれでも良かったかもしれないって思ってて。でも、それは間違いだった……今の俺にとって、こんなに嬉しいことはないや」
作品名:さよならのむこう側 作家名:みぎり