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さよならのむこう側

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脂下がってはにかみながら、訳の分からないことを早口で捲し立てたツナは、徐に立ち上がり「ちょっと立ってくれる?」と骸に手を伸ばす。
温かい。夢のなかでの感覚などあてにならないと分かっているのに、彼の手はいつも熱いくらいに感じた。
そのまま手を引かれて二人、湖畔に立ち止まった。
「もうこんなところに一人で居るばかりじゃなくってさ。そろそろ行かなくちゃ、お互いに」
「え…何を…っ」
言葉が終わらぬうちに身体が傾いだ。ツナが湖に向かって押し込んだのだ。信じられない想いで湖の底に手をつこうとするが……固い地面は掌に触れなかった。
おかしい、心象世界において自分が「浅い」と認識すれば掌に水の底がつくはず。
しかしこの泉には底がない。深淵にひきずりこまれる。考えられることは…これは彼の方の意思だということか?
「ボンゴレ! 一体これは何のつもりですっ」
「手荒でごめんね。でももう時間がないんだ」
やはりこの世界の主導権は彼が握っているようだった。水に沈んでも不思議と彼の声は耳に届く。
「お前の行く向こう側に俺はいない。いや、居るんだけど、もう今の俺にはなれないかもしれない。だけど、ちゃんと傍に居るから。俺のこと信じてよ…何度でも」
青い光の反射に溶け込んで、やがて彼の姿は歪んで見えなくなる。疑問ばかりが胸に渦巻き、そのまま意識が遠いた。





『音』がした。
囚われてからは封じられていた感覚だ。永らく使われなかった鼓膜をそれは凶暴な程に震わせる。
水の奔流が巻き起こす轟音――身体を取り巻く水が流れ出している?
夢や幻ではない。誰かが肉体を解放しようとしているのだと思うと同時に、身体を浮遊感が襲った。
こんな身体を解放してどうなるというのか。それが味方であろうと敵であろうと瑣末なことだ。
十年、結局十年こうして無感覚の世界に閉じ籠もっていた。犬と千種を逃すという目的を果たした後、自分から行動を起こさず精神世界に閉じ篭もっていたのは、利用され、誰の傀儡になることも御免だったからだ。戦いに敗れた代償。そんな弱みを作ったこと自体が最大の汚点だった。
地面に落ちるまでの間に思う。それがボンゴレであろうと何者であろうと、結局、地面に平伏すこの身体を見下ろす者に傀儡として扱われるのであろう。
しかし…しかし十年それをしなかった男が居るのだと教えられた。
期待している。望んでしまう。否が応にも、抱きとめる大きな、燃えるように温かい手を――



衝撃の後に続いたのは騒音だ。
「うげぇ……っも…い…っ」
「おいおい手伝うかー?」
「大丈夫です…っ、おい、起きてるんだろ? なあっ」
起きている。十年ぶりに目に入る光は痛いほどで、細めるのがやっとだ。辛うじて自分の顔を覗き込む人影は分かる。しかし…これは…。
「沢田…綱吉…?」
「そ、そうだよ。ここは安全じゃないから、お前の身体取り返しにきた」
問いを肯定した男は先程まで夢で会っていた人物とは何もかもが違っていた。
小さな体躯、怯えるような仕種。たどたどしい言葉。まるで出会ったばかりの頃の脆弱な少年だった。
「君は一体…」
「あーもう、説明するのはあとあとっ。さっさと逃げよう!」
「ほら、これ羽織っとけよ。ツナ、出口へのルートはわかってるんだろ」
「は、はい、ディーノさんっ」
横合いから衣服を手渡されて、そこに初めてもう一人居ることに気づく。
見たことのある顔だ。跳ね馬ディーノ。こちらは見知っているものよりも随分と貫禄のある面差しだった。では一体、何故ボンゴレだけが。
視線に気づいたのか跳ね馬と視線が合った。
「これは…あれから何年経っているのですか」
「あー、やっぱ混乱するよな。お前が守護者になって約十年目だ。あいつは過去から来たツナ。今のツナはもう……な」
人好きのする顔を曇らせて視線を落とす。言葉の先は聞かずとももう分かる気がした。すぐに様子を見に通路へ走っていたツナが戻ってくる。
「早くしないとミルフィオーネが来ますって…っ!」
「ああ、だったら俺が先頭をいく。お前らは後からついて来い…走れるか」
問いに頷くとディーノはすばやく走り出す。続こうとしたが立ち上がる際に少しふらついた。
「大丈夫? ほら、手」
言葉より先に腕を掴んで支えられる。冷えきった身体には染み入るような温かい手。そのまま彼にされるがまま走り出した。
前を走る彼は過去から来たという。視線が低い。現し世の事情を知ろうともしなかった間に、どうやらボンゴレは大打撃を受け追い込まれているらしい…組織の頭を失うほどの。
過去から来たということは、おそらく彼らは今その最悪のシナリオを回避しようとしているのだろう。
つまり、未来を変えるということ。
――もう今の俺にはなれないかもしれない。
――俺のこと信じてよ。何度でも…
言葉が手元に返ってくる。
あの時、彼は知っていたのだ。たとえ書き換えられたシナリオの中で『沢田綱吉』は死ななくても、自分と十年、共に対話し続けたあの、澄み渡る大空のような男は…何処にも居なくなる。
 骸の言葉に、こんなに嬉しいことはないとはにかんだ、男の顔が脳裏に浮かんですぐに消えた。



前を行く少年の背中を見詰める。握られた手の小さな灯もし火のような温もり。冷たい皮膚にじわりと浸透したそれに、別れを告げられたのは自分のほうだったのだと教えられて涙が溢れた。

作品名:さよならのむこう側 作家名:みぎり