一緒に帰ろう。(サンプル)
「じゃあ日向君、うちの子をよろしくね」
頭を下げる伊月の母に、日向は正座したまま深々とお辞儀をする。
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
そんな日向と、隣にいつもどおりあぐらをかいて座る伊月の顔を順番に見て、母は楽しそうに笑った。
「うふふ、同じクラスで一緒に暮らす、なーんてね」
「母さん、日向とはクラス違うよ」
ツッコミそこかよ、と小さく呟く声は無視する。母はそれには気付かずに、あらそう?と首をかしげた。
「じゃあ違うクラスだけど一緒に……」
「――あの、お母さんお買い物に行かれるんじゃ」
さすがに伊月の母にウザイ死ねとは言えないようで、やんわりと日向が遮った。
「あ、忘れてた、行かなくちゃ。じゃあ日向君、ゆっくりしていってね。ゆーはんはチャーハン、なんてね、うふふ」
楽しげに笑いながら伊月の部屋から母が出て行った途端、はー……と深く息を吐いて、日向が窮屈にたたんでいた足を伸ばした。伊月は、床に両手をついて痺れに耐えている日向の足をわざとつつく。
「うわバカ、マジやめろって」
本気で嫌がって伊月の手を払う日向に、伊月は苦笑した。
「なに緊張して正座なんかしてんだよ、母さんとなんて今までだって散々普通に話してただろ」
「やーでもやっぱ違うだろ」
少し痺れがやわらいできたのか、足先を揉みながら日向がこちらも見ずに言う。
「こうなんつーか、息子さんを僕にくださいみたいなカンジでさ」
――足揉みながら言うことかよ!
普通に言われればそれなりにドキっとしたかもしれないのに、シチュエーションのせいで台無しだ。
「ないだろ」
冷たく伊月が返すと、日向は不満げな顔を上げた。
「なんだよ、オレはそれぐらいのつもりだったのにさ」
「だったらそれなりの態度で言えってこと」
え、という顔をする日向の肩に手をかけて、言えと言ったくせに伊月から日向の口をふさぐ。
「――……っ」
ふいをつかれた日向だが、それでもすぐに伊月の腰に腕をまわしてきて、ぐい、と抱き寄せた。
「ちょ、……ンっ」
伊月から仕掛けたのに、すぐに主導権は日向に奪われた。器用に動く舌に歯列や口内を舐めまわされ、伊月は小さく震える。肩にかけていた手を日向の首の後ろに廻し、求められるまま舌を絡め、口付けに没頭していった。
しばらくしてどちらからともなく離れ、至近距離で探るように見詰め合う。本当はもう少し先まで進みたいけれど、母が出掛けた先は近所のスーパーだ。すぐに帰ってきたとしても、すぐ夕食の用意を始めてくれればまだいいが、帰りにおやつを買ってきて部屋に持ってくることもままあるので、これ以上進めるのは危険だろう。お互いに物足りない顔をしているのはわかったが今日はここまでで我慢することにする。どのみち、あとしばらくすれば毎日だってし放題なのだ。
すっと伊月が視線をそらすと日向は、まあそーだよな、と溜息をつき、未練がましく伊月を抱き締め直す。また今度の意味を込めて伊月が背中をぽんぽんと叩いた。
「でもなんか罪悪感にさいなまれるよな」
「――何で?」
おもむろに耳元で呟かれ、今更男同士だしなんていう言葉は聞きたくないぞと思いつつ、伊月はなんとなく聞き返してしまった。
「大事な息子さんの息子さんを好きなようにいじりたおしてスミマセ……いてっ」
「オマエ、オレのギャグには死ねとか言うくせに何だそのサイアクなオヤジギャグ!」
ぱこんと日向の頭を叩き、伊月が日向から離れた。違う意味で聞かなきゃよかった。
叩かれたのにあはは、と楽しそうに畳の上に転がって笑っている日向を呆れ顔で見ていて、ふと伊月は訊くといえば、と思い出す。
「……ていうかさ、合格したから訊けるけどな」
「ん?」
「お前、あんな辺鄙な上に一般入試難しい大学選びやがって、オレが落ちたらどうするつもりだったんだよ。実際滑り止めは都内だったんだし」
「は? オマエが落ちるわけないだろ」
寝転んだままの日向が、当たり前のことを訊くな、と言わんばかりな口調で答えた。
「買いかぶるなよ、さすがに年末の模試で判定よくなかったときはマジでダメかと思ったぞ」
「でも受かっただろ?」
ニヤ、と笑われて、まあ結果としてはそうだけど、と伊月は唇を尖らす。日向は、んー、と伸びをすると、頭の後ろに腕を組み、天井を見上げてぽつぽつと話し出した。
「一応オレだって選ぶのに随分迷ったんだぜ? でも、ポイントを絞った上で総合的に考えたらあそこだったんだよ」
「ポイントって」
「いちー、バスケをちゃんとやれる環境なこと。強豪校もいいけど、そこで四年間二軍にいるよりは出来れば普通科でも一軍に行ける可能性のあるところ。でも弱すぎないところ。にー、ちゃんと勉強も出来る、それなりのレベルの大学なこと、さーん、都内じゃないこと」
「何で都内じゃダメなんだよ」
「……ほんとオマエ鈍いな」
言われてムッとする伊月に苦笑しながら、日向が身を起こした。
「それなりのとこの体育会バスケ部なんか練習が忙しいだろうし大学の近くに住むか寮に入ることになるだろ。オレはそういう理由があるから都内でも一人暮らしは出来るけど、でもそしたらお前を道連れに出来ないだろ」
「道連れに、って」
「あのなあ……どーせなら一緒に住みたいって思うだろ、付き合ってんだし! 鈍いのも大概にしろよだアホ!」
一気に言った日向が、その勢いで伊月の頭を抱え込んでこめかみを拳でぐりぐりとする。
「あいたたたたたあいた、わかった、わかったからやめろって! 鈍くて悪かった!」
ギブギブ、と日向の腕を叩く。が、ちら、と見上げた日向の顔が赤くなっているのに気付き、伊月はそのまま彼に体重をかけて畳の上に押し倒した。
「いて」
畳に頭を打ち付ける勢いで再びごろんと転がった日向の胸に顔をうずめる。
「……オレも、一緒に住めたらいいなって考えてたよ。お前は寮に入るのかと思ってたし、そもそも合格もしてないのにオレからは言い出せなかったけど」
言えなかった理由はそれだけではないが、それは口にせず、彼の服を握る。日向が伊月の髪を優しく撫でながら、さきほどの少しふざけたような口調で続けた。
「まーでも、堂々と一緒に住めるからって関東離れたとこに決めて、うっかりお前が受験失敗して遠距離恋愛になるのは避けたかったし、そもそもお前が行きたい大学じゃなかったら連れてけねーだろ。で、三年春からのお前の進路調査票もしっかりチェックした上であらゆる角度から大学決めたわけよ。さすがオレ」
「いつ見たんだ、そんなの」
確かに志望校として挙げてはいた。もちろん大学で学べる内容や環境に興味があってというのは大きいが、実のところバスケがそれなりに強いのも知っていたので、もしかして選ばないかな、という淡い期待もなかったわけではない。でも関東リーグ一部の大学ではなかったし、まさか本当に日向がそこを選ぶなんて思ってもいなかったから、日向が自己推薦で受験する前に言ったこともないし、進路調査票を見せた覚えもない。
「フフフ、長年主将なんてものをやってるとそれなりにツテと協力者はできるのよ」
「……水戸部か。そしてコガだな」
頭を下げる伊月の母に、日向は正座したまま深々とお辞儀をする。
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
そんな日向と、隣にいつもどおりあぐらをかいて座る伊月の顔を順番に見て、母は楽しそうに笑った。
「うふふ、同じクラスで一緒に暮らす、なーんてね」
「母さん、日向とはクラス違うよ」
ツッコミそこかよ、と小さく呟く声は無視する。母はそれには気付かずに、あらそう?と首をかしげた。
「じゃあ違うクラスだけど一緒に……」
「――あの、お母さんお買い物に行かれるんじゃ」
さすがに伊月の母にウザイ死ねとは言えないようで、やんわりと日向が遮った。
「あ、忘れてた、行かなくちゃ。じゃあ日向君、ゆっくりしていってね。ゆーはんはチャーハン、なんてね、うふふ」
楽しげに笑いながら伊月の部屋から母が出て行った途端、はー……と深く息を吐いて、日向が窮屈にたたんでいた足を伸ばした。伊月は、床に両手をついて痺れに耐えている日向の足をわざとつつく。
「うわバカ、マジやめろって」
本気で嫌がって伊月の手を払う日向に、伊月は苦笑した。
「なに緊張して正座なんかしてんだよ、母さんとなんて今までだって散々普通に話してただろ」
「やーでもやっぱ違うだろ」
少し痺れがやわらいできたのか、足先を揉みながら日向がこちらも見ずに言う。
「こうなんつーか、息子さんを僕にくださいみたいなカンジでさ」
――足揉みながら言うことかよ!
普通に言われればそれなりにドキっとしたかもしれないのに、シチュエーションのせいで台無しだ。
「ないだろ」
冷たく伊月が返すと、日向は不満げな顔を上げた。
「なんだよ、オレはそれぐらいのつもりだったのにさ」
「だったらそれなりの態度で言えってこと」
え、という顔をする日向の肩に手をかけて、言えと言ったくせに伊月から日向の口をふさぐ。
「――……っ」
ふいをつかれた日向だが、それでもすぐに伊月の腰に腕をまわしてきて、ぐい、と抱き寄せた。
「ちょ、……ンっ」
伊月から仕掛けたのに、すぐに主導権は日向に奪われた。器用に動く舌に歯列や口内を舐めまわされ、伊月は小さく震える。肩にかけていた手を日向の首の後ろに廻し、求められるまま舌を絡め、口付けに没頭していった。
しばらくしてどちらからともなく離れ、至近距離で探るように見詰め合う。本当はもう少し先まで進みたいけれど、母が出掛けた先は近所のスーパーだ。すぐに帰ってきたとしても、すぐ夕食の用意を始めてくれればまだいいが、帰りにおやつを買ってきて部屋に持ってくることもままあるので、これ以上進めるのは危険だろう。お互いに物足りない顔をしているのはわかったが今日はここまでで我慢することにする。どのみち、あとしばらくすれば毎日だってし放題なのだ。
すっと伊月が視線をそらすと日向は、まあそーだよな、と溜息をつき、未練がましく伊月を抱き締め直す。また今度の意味を込めて伊月が背中をぽんぽんと叩いた。
「でもなんか罪悪感にさいなまれるよな」
「――何で?」
おもむろに耳元で呟かれ、今更男同士だしなんていう言葉は聞きたくないぞと思いつつ、伊月はなんとなく聞き返してしまった。
「大事な息子さんの息子さんを好きなようにいじりたおしてスミマセ……いてっ」
「オマエ、オレのギャグには死ねとか言うくせに何だそのサイアクなオヤジギャグ!」
ぱこんと日向の頭を叩き、伊月が日向から離れた。違う意味で聞かなきゃよかった。
叩かれたのにあはは、と楽しそうに畳の上に転がって笑っている日向を呆れ顔で見ていて、ふと伊月は訊くといえば、と思い出す。
「……ていうかさ、合格したから訊けるけどな」
「ん?」
「お前、あんな辺鄙な上に一般入試難しい大学選びやがって、オレが落ちたらどうするつもりだったんだよ。実際滑り止めは都内だったんだし」
「は? オマエが落ちるわけないだろ」
寝転んだままの日向が、当たり前のことを訊くな、と言わんばかりな口調で答えた。
「買いかぶるなよ、さすがに年末の模試で判定よくなかったときはマジでダメかと思ったぞ」
「でも受かっただろ?」
ニヤ、と笑われて、まあ結果としてはそうだけど、と伊月は唇を尖らす。日向は、んー、と伸びをすると、頭の後ろに腕を組み、天井を見上げてぽつぽつと話し出した。
「一応オレだって選ぶのに随分迷ったんだぜ? でも、ポイントを絞った上で総合的に考えたらあそこだったんだよ」
「ポイントって」
「いちー、バスケをちゃんとやれる環境なこと。強豪校もいいけど、そこで四年間二軍にいるよりは出来れば普通科でも一軍に行ける可能性のあるところ。でも弱すぎないところ。にー、ちゃんと勉強も出来る、それなりのレベルの大学なこと、さーん、都内じゃないこと」
「何で都内じゃダメなんだよ」
「……ほんとオマエ鈍いな」
言われてムッとする伊月に苦笑しながら、日向が身を起こした。
「それなりのとこの体育会バスケ部なんか練習が忙しいだろうし大学の近くに住むか寮に入ることになるだろ。オレはそういう理由があるから都内でも一人暮らしは出来るけど、でもそしたらお前を道連れに出来ないだろ」
「道連れに、って」
「あのなあ……どーせなら一緒に住みたいって思うだろ、付き合ってんだし! 鈍いのも大概にしろよだアホ!」
一気に言った日向が、その勢いで伊月の頭を抱え込んでこめかみを拳でぐりぐりとする。
「あいたたたたたあいた、わかった、わかったからやめろって! 鈍くて悪かった!」
ギブギブ、と日向の腕を叩く。が、ちら、と見上げた日向の顔が赤くなっているのに気付き、伊月はそのまま彼に体重をかけて畳の上に押し倒した。
「いて」
畳に頭を打ち付ける勢いで再びごろんと転がった日向の胸に顔をうずめる。
「……オレも、一緒に住めたらいいなって考えてたよ。お前は寮に入るのかと思ってたし、そもそも合格もしてないのにオレからは言い出せなかったけど」
言えなかった理由はそれだけではないが、それは口にせず、彼の服を握る。日向が伊月の髪を優しく撫でながら、さきほどの少しふざけたような口調で続けた。
「まーでも、堂々と一緒に住めるからって関東離れたとこに決めて、うっかりお前が受験失敗して遠距離恋愛になるのは避けたかったし、そもそもお前が行きたい大学じゃなかったら連れてけねーだろ。で、三年春からのお前の進路調査票もしっかりチェックした上であらゆる角度から大学決めたわけよ。さすがオレ」
「いつ見たんだ、そんなの」
確かに志望校として挙げてはいた。もちろん大学で学べる内容や環境に興味があってというのは大きいが、実のところバスケがそれなりに強いのも知っていたので、もしかして選ばないかな、という淡い期待もなかったわけではない。でも関東リーグ一部の大学ではなかったし、まさか本当に日向がそこを選ぶなんて思ってもいなかったから、日向が自己推薦で受験する前に言ったこともないし、進路調査票を見せた覚えもない。
「フフフ、長年主将なんてものをやってるとそれなりにツテと協力者はできるのよ」
「……水戸部か。そしてコガだな」
作品名:一緒に帰ろう。(サンプル) 作家名:葛原ほずみ