一緒に帰ろう。(サンプル)
あの二人なら伊月と日向の関係を知っているし、水戸部は理系コースでクラスが一緒だ。お互いに調査票を見せ合ったこともある。そして水戸部から小金井に伝わっていても不思議はないし、小金井がそれを日向に教えるのも想像が容易い。
「さあね」
「同じ部のダチに教えてもらうのに主将のツテもなにもないだろ」
ツッコミを入れると日向はまたゲンコツで頭をグリグリとする。
「いてて」
「うるせーな、オレの深遠かつ長期的な計画の末に今があるんだ、少しは感謝しろ」
ふん、と偉そうな口調で言われて伊月は苦笑した。
「オマエほんと、ばかだろ」
「オマエはほんとに、天邪鬼すぎるんだよ。嬉しいくせに、たまには素直になれよなー」
ぼやく日向に、伊月は胸にうずめていた顔を起こし、上から日向の顔を覗き込み、幸せいっぱいな笑みを浮かべて言う。
「サンキュ……大好きだ」
途端に日向に頭を引き寄せられ、乱暴に唇を奪われた。
「……ふ…っ」
再びそのまま口付けに夢中になりかけた時。
「景気いいからケーキ買ってきたわよー、取りに来て」
部屋の外からかけられた母の声に、はじかれたように身を離す。帰ってきていたのに全く気付いていなかった。危険すぎる。
「ああもう、母さん……」
「な、こーゆー時ただ声かけられるんじゃなくてダジャレだと……」
余計にウザイだろ、と伊月に同意を求めようとする日向の言葉を遮って、伊月は立ち上がりながら言う。
「今は明らかに景気悪いだろ」
がっくりと力の抜けた様子で、日向が畳の上に大の字に腕を投げ出した。
「……景気はどーでもいいから、ケーキ早くもらってこい」
投げやりに言う日向に苦笑混じりに頷いて、伊月は部屋を出た。
本屋に用事があったので、日向が帰るのに合わせて伊月も一緒に家を出ることにした。
夜に近い夕暮れの住宅街を並んで歩く。
三月に入ってもまだまだ寒い日が続いていた。乾いた冷たい風に伊月はうう、と唸りながらコートの襟元をかき合わせ、肩をすぼめる。
「何でマフラー巻いてこねーんだよ」
「ちょっと出るぐらいだから平気だと思ったんだよ」
言い訳をすると、日向がしょうがないな、と白い息を吐いて、自分の巻いていたマフラーをほどいて伊月の首にぐるぐる巻きにした。
「い……いいよ、そんなんしたら日向の方が寒いだろ」
「オレは鍛えてるからへーきだよ。それに本屋着いたら遠慮なく奪い返すから、それまで巻いとけ」
ん、と頷いて、伊月はおとなしく好意を受け取った。日向の体温で温まったマフラーは、実際よりも暖かく感じる。マフラーに隠れた口の端を少し上げ、くすぐったい幸せを噛み締めた。
* * *
作品名:一緒に帰ろう。(サンプル) 作家名:葛原ほずみ