信じる勇気(サンプル)
――あと五、四、三、二……
最後の一本、となったとき、ふいに脳裏に今吉の声が響いた。
『頼むで、特攻隊長』
「あっ!」
最後の一本、ほんの少しコントロールが乱れてしまった。ぎゃん、と慌てた顔をしても遅い。ボールはリングにぶつかり、はじかれて体育館の入り口の方へ跳んでいってしまった。
「あー……最後だったのに」
桜井はがっくりと肩を落とした。ちょっと気がそれた途端これだ。
「もうちょっとやってこうかな……」
溜息混じりに呟き、キャスターのついたカゴを引っ張って自分が投げたボールを集めに行く。続けるにしろやめるにしろ、集めないことにはどうしようもない。
ゴール下に向かいながら先程頭に響いた声の持ち主のことを思う。いつも笑ったような顔をして、でも決して優しいだけじゃない人。厳しいところも、冷たいところも桜井はよく知っている。それでも、あの人のためにもっとシュートを決めたかった。決めたくて頑張ってきた。
けれど、それももう、ない。
こんな風に居残って練習しても、上手くなっても、もう彼のためには得点できないのだ。
一つ目のボールを拾って、そっとそのボールの表面を撫でる。あの人も三年間ずっと触れてきたボール。けどもうきっと触れることのないボール。なんだか自分のようだと桜井は思う。沢山ある中のひとつ。たまたま気まぐれで今こうして抱えているけれど、明日になってどのボールがそうだったかなど意識することもない。離れてしまえばこんなボールのことなど考えもしない。
――そう訊いたら、そんなことないでって笑ってくれるんだろうけど。
桜井が、憧れていた今吉と特別な仲になってからもう随分経つ。
最初は興味本位か同情か、はたまた女子のかわりにてっとりばやかっただけで受け入れてくれたんじゃないかと思うことも多かったが、この頃はたまに、もしかして自分が考えてるよりは少しは好きになってくれているんじゃないかと感じる場面も増えた。
それでも桜井は自虐的ともいえるほどの卑屈さが、いつごろからそうなってしまったかも覚えていないぐらいに昔から根深く身についてしまっていたから、ものごとを自分の都合のいいようになど考えられなかった。好きやで、と柔らかい口調で何度言われても、あるのかないのかわからないその言葉の裏の真意を探ってしまう。
彼の言葉は全て覚えている。でも、覚えているからといってそれを額面どおりに受け入れられるものではない。そうするには桜井は卑屈が過ぎた。
バスケをやっている間はいい。自分がチームの役に立てれば、できる特攻隊長でいられれば、口癖ですいませんと謝り倒しながらでも得点をあげられれば、彼といられるだけの価値が自分にあるように思えた。目に見える成果をあげたときにえらいのーと言ってもらえるのだけは、素直に嬉しく思えた。
だからこそ彼が引退してしまい、卒業を目前に控えたこの時期、桜井は自分がいつにも増してものすごくネガティヴな方向に傾いていると自覚している。
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作品名:信じる勇気(サンプル) 作家名:葛原ほずみ