繋がるものは
フローエは知っていた。マリオネットコントロールがどんな術か。操られた自分がどんな状態になっていたか、今この状態で術をかけられたらどうなるか。彼はアルトノートがあの日以来悪夢を見るようになったことを感づいていた。彼は悪いとは思いつつ、アルトノートが眠っている間に書棚を探り、そして捨ててしまう前の研究の覚え書きを目にしたのだった。そこには成功させたあの日の出来事が詳細に書かれていた。アルトノート自身の苦悩もまた細かに綴られていた。いかに彼が手にした力を疎み、悔やんだか。フローエは痛いほど理解している。
その上でなお、ねえお願い、自分に術を使って、自分は皆を助けたい、目の前で君が死ぬところなど見たくない、と、彼は懇願した。そして少し表情を歪めて、ごめんねと口にした。どうして君がとアルトノートは言おうとする。自分で動けたら君に辛い思いをさせなくて済むのにごめんね。フローエの言葉が、アルトノートの心を刺した。
死を覚悟した彼に、何か言いたいのに、言いたいことはたくさんあるのに、有りすぎて何も言葉になって出てこない。口を開き、単語一つ声にできないままにまた閉じて、唇を噛みしめる。そしてアルトノートは震える指で、抱きかかえたフローエの額にあの日と同じ印を描いた。忘れてしまいたいとあれほど呪ったのに、印の形も、術の手順も、焼き付くように記憶に残っていた。ゆっくりと、光る文字が白い額に刻まれていく。涙が落ちた。自分が手に入れなければならなかったものは何だ。大切な人を死地に送り込む術か。違う。自分の手で愛する者を守れる力こそを、求めるべきだったのに。
ごめんよ。やっとのことでそれだけ言ったアルトノートの手をフローエは握り、死なないよ、頑張るから、だから泣かないでと呟いた。
術が完成する。一度フローエの手から力が抜け、そして彼は立ち上がった。息をするのがやっとの人間とは思えないしゃんとした姿だった。マリオネットコントロールを見たことがなかった他の仲間や、今回が初めての顔合わせの冒険者達は、呆気にとられてその光景を見ていた。シュルツは黙っている。彼にとってもフローエは大事な仲間だ。危険に晒したい筈がない。それでも今、フローエを含め、ここに居る人間が生き残るための最善は、これしかなかったのだ。
光る糸で繋がるフローエを、アルトノートは操った。なるべくその身体に負担を掛けないように、彼が消耗せずに済むように、細心に術を制御する。と、フローエがアルトノートを振り返った。それは皆に治癒の魔法を掛けていく一連の動作の一つだったかもしれないし、アルトノートが自覚無くその動きを脳裏に描いたのかもしれない。そのこと自体はあまり問題ではない。フローエを見詰めるアルトノートの前で、フローエは、意識の全てを支配されているはずの彼は、かすかに笑ってみせた。アルトノートの視界が涙でかすむ。それが錯覚でも、見間違いでも、願望の産物でも、もうどうでもいい。
負傷者を回復させ、態勢を整え、外の竜達の様子を伺う。先頭のシュルツが合図を出して、皆一斉に走り出した。その靴音と竜の咆哮が混じる。アルトノートは、フローエがこれ以上傷を負わぬよう庇いつつ集団を追った。
術を解いたとき、彼がまた笑ってくれることを、祈りながら。