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繋がるものは

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 どきりと心臓が嫌な鼓動を打つ。名前を呼んだ。答えない。術を掛けているのと反対の手で肩を揺すった。細い身体は力なく揺れたが倒れることもなく微妙な平衡を保ったまま立っていた。シュルツが曰く言い難い表情でフローエを凝視している。アルトノートは術を操ってフローエを振り向かせた。彼の顔には、表情らしい表情が、何一つ無かった。半分伏せられた目には意志の光は欠片もともらず、何処を見ているのかも分らない。薄く開いた唇からは勿論言葉一つ出てこないし、大声で呼ぼうが、頬を軽くはたこうが、何の反応も示さない。普段よく笑うだけにその落差は不気味なまでに明確だった。背筋をぞわりと悪寒が這った。
 おい、もしかしてその術、相手の意識が無くても使えるのか。シュルツが薄気味悪そうに尋ねる。命さえあれば、多分。呆然としてアルトノートは答えた。
 フローエの心も、命そのものも、細い光で繋がった手に握っている錯覚に襲われ、アルトノートは悲鳴を上げそうになった。好奇心に突き動かされるようにして求めた力の意味を、人を支配するということを、考えてこなかった自身に気付く。じっとりと嫌な汗が手に滲んだ。解呪しようとフローエの額に伸ばした指は、さっきとは違う意味で震えていた。そこにあったものは恐怖だった。
 術を掛けたときと同じ唐突さで、フローエの身体から力が抜ける。倒れ込みそうになった彼を、アルトノートは慌てて支えた。意識が戻らなかったらという不安はすぐに杞憂に終わる。ぐったりとしながらも、数度またたいた後にしっかりと開いた彼の緑の目には、いつもと同じ光があった。
 フローエには操られている間の記憶は残っていなかった。自分が一体どんな動きをしたのか、どんな状態だったのか、まるっきり意識には無かったらしい。彼は意識を戻して開口一番、成功したのかと聞いた。アルトノートが頷くと、嬉しそうに笑った。良かったね、と言って唇をほころばせる彼に、アルトノートは曖昧に笑い返すしかなかった。シュルツも何も言わなかった。
 アルトノートは他のメンバーにマリオネットコントロールが成功したことを告げなかった。自分が熱心に調べ続けていたこともまるで無かったように、それについて口にすることを止めた。尋ねられても、飽きたんだとだけ返して後は黙った。フローエはそれを不思議そうに眺めたが、幼なじみには何かそうするだけの考えがあるのだろうと判断し、口を出すことは一切無かった。
 アルトノートはは時折あのフローエの無表情を夢に見た。術を解いても彼に笑顔は戻らない。呼んでも、揺さぶっても、何の反応も返さない。何度夜中に悲鳴を上げて飛び起きただろう。うたた寝の最中にうなされたときには、ちょうど傍にいたフローエ自身に起こされた。一体何の夢を見ていたのだと聞かれても、彼は答えられなかった。心配そうに顔を覗き込んでくるフローエを抱き締めて、何でもないと繰り返した。それが何でもない様子には到底見えないことを知っていて。
 この術は二度と使うまいと彼は思った。そう思っていた。手に入れたことさえ忘れたかった。あのフローエの虚ろな瞳とともに。
 だが。
 
 あれを使え。
 言い放たれた言葉に、アルトノートは愕然とシュルツを見た。その腕には、傷だらけで細く短い呼吸を繰り返すフローエが居た。大小数え切れない傷を負っていたが、中でも腹部のものが致命的だった。錬金術師の作る強力な傷薬と彼自身の治癒魔法で何とか傷自体は塞がっていたが、戦闘に参加するだけの余力は最早残されていなかった。このままでは。そう、このままでは。
 アルトノートは首を振った。嫌だ。声が震えた。
 使え。シュルツは尚も言った。
 あたりには竜が居た。幼生から成体まで数え切れない程の。巨躯に見合わない素早い動きで走り回り、彼らを捜していた。間をおかずして、おそらく竜は人間よりも遙かに優れた嗅覚で彼らを見つけるだろう。そうなったら終わりだ。
 飛行艇が竜族の巣窟となっている湖付近を航行中に襲われて墜落したという事件が発端だった。その積み荷に国家共同で進める研究資料が含まれていたのでは、たとえ乗組員全員絶望的なのが明らかだったとしても、放置するわけにもいかない。回収の為に冒険者が募られた。アルトノートの所属するギルドも参加した。十分な戦力を確保した筈だった。実際、重要な積み荷を確保するまでは順調に進んだ。回収直後、三つ首の巨竜が現れるまでは。
 巨竜は他の竜を数匹従え、圧倒的な力をもって襲いかかってきた。最初は彼らも応戦したが、すぐに自分たちの戦力では敵わないと悟り、撤退に切り替えた。しかしそこに新たに他の群れが運悪く突っ込んできたのだ。散々だった。どうにか一部を蹴散らし突破して身を隠したものの、半分以上が息絶えるか重傷か、動ける者も多かれ少なかれ傷を負っていた。
 『あれ』を、すなわちマリオネットコントロールを、フローエに使えと、シュルツは命じた。身を隠してもいずれは見つかる。集団で向かってこられて凌ぎきるだけの戦力は残ってはいない。襲ってくる前に態勢を立て直して出口まで向かわなければ全滅必至である。そのためには、プリーストの支援が不可欠だった。治癒魔法、戦闘補助魔法、それら抜きでは竜共の不意をついたところで突破できまい。そして今、生き残っているプリーストは、フローエ一人だった。
 使え、声を荒げてシュルツはアルトノートに迫った。嫌だと、同じくらいの怒声でアルトノートは返す。
 命さえあれば操れる。そう言ったのはかつて成功させたときの自分だ。満身創痍で息も絶え絶えのフローエも、傷など無いかのように動かせるだろう。だが、かろうじて息をしている状態のフローエにそんな負担を掛けたら、術を解いたとき彼はどうなる? 動かすのは自分の意識だ。しかし動くのはフローエの身体なのである。
 嫌だ、そんなことをすればフローエが死んでしまう。アルトノートは泣きそうな声で言った。動くこともできないフローエを抱きかかえる彼に、シュルツは叫んだ。
 どうせこのままなら皆死ぬ。勿論フローエもだ。お前はそれでも良いのかと。
 アルトノートは何も言い返せなかった。ただフローエを抱く腕に力を込めた。わかっている。どうせ皆死ぬ。それでも彼は、助かるためにフローエに死を(そうと確定したわけではなくとも)強いることはできなかった。
 できないと、動き掛けた唇を、薄い手が塞ぐ。
 フローエが笑っていた。
 自分に術を掛けろと、彼が言う。ほとんど聞き取れないくらいの小さい吐息だった。
 アルトノートは首を横に振った。壊れた人形のような無様な動きでひたすらに。声が出なかった。喉が痛かった。
作品名:繋がるものは 作家名:のの字