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かつみあおい
かつみあおい
novelistID. 2384
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温泉! 温泉!

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国境一つ手前の長い緑のトンネルを抜けると、そこは一面の南国だった。
 南国と言っても、その頃のドイツはヤシの実が生い茂るビーチや、極彩色の動植物が飛び出すジャングルなんて知るわけもなく、ただ濃い緑を通り越して黒々さえしている木々と、その間を抜ける風だけが伝えた雰囲気に過ぎない。しかし、乾いた冷やかな大地ばかりしか知らない少年にとっては、そこは立派な南国だった。
 空さえも、いつもより青く感じられ、鹿皮の背もたれに腰をやっていた兄は、そうれもうすぐだと口笛を吹いた。開けていた窓から、白い手袋の指を前に示す。
「あと、ちょっとしたら、教会の尖塔が見えてくるぜ」
 蹄のリズムは、高らかに刻一刻と目的地に近付くことを伝えてくれた。ギャロップ、ギャロップ。しばし、それは凱旋曲にも聞こえる。この兄に、似合う音楽だ。

 お前を自慢しに行くぞ。
 そう言った兄が、南のそれぞれの侯たちの領土にドイツを連れだしたのは、数か月前のことだった。東へ南へ、はたまた西へ。バイエルンの祭りで真っ白なヴルストをかじり、アルプスの鋭い尾根のすそ野を馬で駆けた。
 7週間しか掛からなかった、オーストリアとプロイセンが、「ドイツをどっちが育てるかという命題への真剣なる親権争い」は、最新式の武器を開発していたプロイセンの勝利に終わった。
 その凱旋も兼ねていた旅行は、どちらに付くか先行きをうかがっていた南の属国たちへの最後通牒でもあった。断れば、この兄がどういう行動に出るか。大帝国を負かした軍事国家を敵にまわす馬鹿はいるまい。
 ほんの7週間で、ドイツの背丈は一気に伸びた。人間の子どもで言えば、10歳前後の姿から、一気に青年らしさが漂い、兄曰くスイスやバルト達とあんま変わんねーな!とのことだった。この旅行で、ドイツは実際、初めてのビールを飲ませてもらったし、ブルストにマスタードをたっぷりつけることを許してもらえた。そういう、初めてを自分が体験することよりも、ドイツがそうしていることを満足そうに破顔している兄を見ることが、ドイツは何よりも喜びとしたものだった。
 一方で、兄が最も喜んだのは、貴重な石や、精巧なからくりや、滑らかな陶磁器や、雄大な景色よりも、我先にとドイツの指先や足の甲に口づける国々の姿を見ることであった。

 我らが王よ! 若きドイツに栄光あれ!

 隣で地味な軍服のまま、兄は腕組みをしていながら満足げに立っていた。この人が、第三者がいる場所では、ドイツの前で弛緩した姿勢を取ることがなくなったのは、いつからだろうか。それは、万が一、ひれ伏したはずの国や、従者たちが、ドイツに刃を突き付けてもすぐ臨戦態勢を取れるためでもあり、プロイセンよりドイツが高位たる存在であることを知らしめるためでもあった。
 プロイセンは、戦場と同じくらい気を張り詰めていた。
 戦勝に浮かれている時ほど、攻め入るのに容易い時期はないことを、彼はよく理解していたのである。
 しかし、ドイツが兄に休むように言っても、お兄様は平気のへっちゃらだぜプップクプ~と返事をするに決まっている。

 そこで、兄想いの王は考えた。
 自分が保養を希望すれば、兄も一緒に休んでくれるに違いない。
「そうだな! お前も疲れているだろうし、とっておきの場所があるぜ!」
 ほいほい兄は乗ってきて、フランスとの国境にほど近い温泉地を最終目的地とした。
 二千年近く前に、かのローマ帝国が愛した温泉は、ギロチンや伝染病から逃げて来たフランスの貴族たちが文化を伝えて、今やヨーロッパ随一の温泉地となっていた。

 アルザスの山々にほど近いと思えないほど、洗練された建物や公園が並び、絢爛豪華なカジノは、ドイツのよく知る軍事的機能美に満ちた城を凌駕する賑わしさだった。たくさんとの香水と、シャンパンに、黄金の匂いがかぶさっている。
「元々は離宮って意味だったから、まあある意味、城みたいなもんだな。モンテカルロにも負けねぇ、世界一の不夜城だぜ」
 一応、お忍びという名目なので、ドイツもプロイセンも裕福な商人か下級貴族のボンボン兄弟程度の格好で来ているが、王族もこっそり来ても周りは見て見ぬ振りをするほど懐も深い保養地であるだけに、兄の銀髪も不思議と目立たない。
 支配人や仮面を付けた婦人たちの挨拶もとい誘惑を慇懃に断ったプロイセンは、代わりに真鍮のチップを1枚だけドイツに渡し、勝負してみろよと言った。
 カードやダイスが行き交う中、ドイツはルーレットを選んだ。
 回り始め、赤も緑も黒も溶けていく。ディーラーの手から、吹けば飛ぶほどの小さな白球が飛び出した。回り、回って、運命の輪が溶けあって。
 チップが置かれるのを締め切られる直前に、ドイツは兄の好きな黒にかけた。
 やがて白球は気まぐれに動き出し、隔壁を飛び越しては戻る不規則な音を立てながらやがて着地した。
「黒の13!」
 魔の数字は、きらきらとした刻印が入ったチップを1枚ドイツにもたらした。
 ドイツはその2枚をすぐ現金に交換して、公衆浴場の切符を買った。

 浴場の荷物係に、身につけているものを預けながら、兄さんは遊ばないのかと問うてみれば、兄は前後に長く垂れているワイシャツを、両足の間で止めているボタンを留めながら――当時はワイシャツが下着の代わりだったためである――笑った。
「俺様が勝ったら、お前はギャンブルは天国だと思っちまうだろうし、逆に俺様が負けたら格好悪りぃじゃねーか。だから、お前に任せた」
 ビギナーズラックはつまりお前には神様が付いているってこと。でも、それ以上に嬉しいのは、お前は初心者が最も勝ちやすい、確率論で言えば、胴元と客と勝率は理論的には半々のルーレットをお前が選んだことだ。さすが俺のヴェストだぜ。
 脱ぐ行為の途中で笑うのは、少しその先に楽しいことがあると期待しているようなタイミングがあるようで、なぜだかドイツは胸がざわめいた。
「楽園を見せてやるよ、ヴェスト」


作品名:温泉! 温泉! 作家名:かつみあおい