いざ飛ばむ、神のゴミ箱、或いは世界
いざ飛ばむ、神のゴミ箱、或いは世界
如何して僕の周りには「普通」っていう存在が、存在しないんだろうね。
昔、そんな話をセルティとしたことがある。
例えば静雄。彼は、と云うと語弊があるか。彼の身体は、全くもって普通じゃない。キレるだけで火事場の馬鹿力が出せたり、繰り返し傷付けた所為で頑丈になった骨や筋肉、そして異常な回復力。まさに人体の神秘と云える。
そして、臨也。彼もまた悪いけど普通ではないね、歪んでる。人間を愛してるなんて云ってるのに、簡単に踏みにじる。何時からそうなのかは分からない。簡単に興味を持って、同じくらい簡単に飽きる。そう、まるで子供。そうして繰り返すんだ、「人間を愛している」と。
此の二人に以外にも、凡そ「普通」なんてカテゴリに入れる連中なんか殆どいない。僕の父親は、……まぁおかしな人だし、聖辺ルリや静雄の弟の幽君だって、やっぱり普通じゃない。看ている患者もワケありな人ばかりで、斯く云う僕自身も「普通」じゃないだろう。
そんな僕が愛して止まないセルティも、やっぱり普通じゃない。そもそも人間でないし、おまけに首から上がない。僕の周りには、普通じゃないものが溢れている。
だからと云って、僕は其れが嫌だと感じたことは一度もない。其れが此れまで生きてきた僕の人生で、僕の経験の積み重ねなのだから。
けれど、彼らの中には、普通じゃない、ということを否定する者もいる。
静雄はずっと昔から自分の力に悩んでいる。今も時折僕の処へやって来ては、「俺は人間か?」なんて聞いてきたりする。そんな時、勿論僕は「Yes」と答える。彼は生物学的に見ても歴とした人間だ、確かに普通ではないけどね。でも、素直だし根は真面目だし、不器用だけど優しい。少なくとも、臨也よりは人間らしい人間だと思う。
僕は彼が疑問をぶつけて来る度にそう答えている。其れでも、「普通じゃない」ということを嘆かないではいられないようだ。
そして、普通じゃないことを嘆いている人物が今目の前にいる。
何があったのか知らないけれど、セルティは臨也の処から帰って来てから元気がない。夕方、帰ってくるなり部屋に閉じこもってしまった。すっかり日が落ちて夜も更けた頃、やっと出てきたかと思ったら、今度はリビングのソファーに座ってクッションを抱きしめた儘ぼんやりしている。
「セルティ、一体如何したんだい?」
そう問いかけても、「何でもない」の一点張りだ。斯うなると僕は手も足も出ない。
人間の女の子相手なら、彼女の好きな食べ物でも拵えたらご機嫌とりが出来るかも知れない。生憎セルティは食事を必要としない。どんなにいいシェフを呼んだって意味なんか無い。其れに慎ましやかだから、あれが欲しい此れが欲しいなんて我が儘は云わない。そんな処も含めて僕は大好きなんだけれども、「ご機嫌とり」というミッションにおいては、難易度を上げる要素になってしまう。
「話したくなったら、話してね?」
仕方なく、僕は常套句を口にする。こんな時、最高に自分自身が厭になるね。独学で身に付けた膨大な医学知識も一般常識も、何の役にも立ちゃしない。言葉は、時として無力で、斯ういう時、僕は凄く死にたくなる。
だってそうだろう。目の前で小さく冷えていく生命が、其れが世界の中で自分にとって一番大事な存在で……。何も出来ず立ち尽くす、そんなレゾンデェトルの全否定。そんな状況はまさに絶望的で、本当に耐えがたい。
其れでも僕が死のうとしないのは、必ず彼女が無い首を頷いて見せるからだ。
――話したくなったら話すように。僕の其の言葉を、僕をきちんと必要としてくれたのだと思えば、失くしたレゾンデェトルは回復して、僕も生きることが出来る。
今回も、セルティは頷いてくれた。あとは、彼女自身の心の整理がつくのを待つ。然るのち、彼女は胸の内を吐露するだろう。そうして僕は彼女を慰め、冷えたかけた生命はやがて元の温かさを取り戻す、其れは何時もそうであるように。
けれど、非常事態は何時でも起こりうる。
何時もそうであることは、何時も通りそうでなくてはならないのに、そう上手くいかないのが人生の常、無常観とは是、偉大なり。そんなことを云って一人感心している場合じゃないのは、分かっている。
セルティは、何処で如何しているんだろうか。彼女は此処池袋じゃかなりの有名人で、警察を含めて色々な奴に付き纏われるというのに。
其れにしても、セルティが其処まで考えていたなんて思いもしなかった。
『……やっぱり、新羅も子供は欲しいと思うのか?』
突然そんな事を聞かれて、目が飛び出そうになった。まさか、セルティからそんなことを云われるなんて思いもしなかったから。
「まぁ、いたら可愛いかもね」
僕は思った儘返事をした。其れから「でも僕はセルティがいてくれれば充分だ」と、此れもまた思ったことを口にした。其の言葉に、セルティは一瞬ほっとしたようだったけれど、すぐに俯く。其れから、またPDAを取り出して僕に斯う云ったんだ。
『どんな生き物も、皆子孫を残そうとする。……罪歌でさえ、子を欲し、そし擬似的ではあるけれども実際に生み出した。何とかして、私とお前の子供出来ないのだろうか?』
彼女の其の言葉に、僕はガツンと頭を殴りつけられたような衝撃を受けた。もう一層のこと、本当に殴られて気を失ってしまいたかった。結論から云うと、彼女が人間と同じように命を宿すのは不可能だ。セルティの身体の中には、人間を模しただけで何の機能も果たしていない臓器が詰まっているだけ。其れは、幼少の頃、父と共にセルティの身体を切り刻んだ時に僕も見た。人ならざるセルティの遺伝子の研究や、まして胎外成育など倫理的な問題もあるし、僕の代で叶う訳もない。
――其れは不可能だよ。
そんな言葉を、僕は告げられるわけもなく押し黙るしかなかった。そんな僕の様子で、彼女は察したのか、『すまない新羅、おかしなことを云った』と謝る。そんな彼女を僕は抱き締めた。セルティの身体は少し強張っていた。其れを解くように、僕は「セルティがいれば僕は本当に充分なんだ」と告げた。其の途端、ぴくりと彼女の身体が反応した。おや、と思った途端、彼女は突然僕の胸に手を添えて押しのけた。
『お前は優しいからそういうことを云う。私はお前の優しさを搾取しているだけの浅ましい存在かもしれない。きっと、そうだ……。あいつが云っていた、新羅が可哀想だって』
そう言葉を残して、セルティは出て行ってしまった。すぐに追いかけたけれど、ただの人間の僕が追いつけるはずもなく、僕はマンションの前、ただ茫然と立ち尽したのだった。
そうして現在に至る。僕はソファーに倒れ込むようにして腰掛け、そうして、セルティの言葉を反芻する。
『お前は優しいから』
セルティはそう云った。
優しいだけで、自分以外の他人と、其れも人間じゃない存在と一緒に暮らしたり、ましてや恋愛感情を抱くなんてことは出来ないだろう。何時も君は云ってるじゃないか。『静雄は優しい』『帝人も杏里も優しい子だ』って。でも彼らが君に注ぐものは、僕のと違うだろう? だって僕のは愛だもの、彼らとは違う。
そう云って聞かせたいけれど、肝心のセルティはいない。部屋には僕だけ……。
如何して僕の周りには「普通」っていう存在が、存在しないんだろうね。
昔、そんな話をセルティとしたことがある。
例えば静雄。彼は、と云うと語弊があるか。彼の身体は、全くもって普通じゃない。キレるだけで火事場の馬鹿力が出せたり、繰り返し傷付けた所為で頑丈になった骨や筋肉、そして異常な回復力。まさに人体の神秘と云える。
そして、臨也。彼もまた悪いけど普通ではないね、歪んでる。人間を愛してるなんて云ってるのに、簡単に踏みにじる。何時からそうなのかは分からない。簡単に興味を持って、同じくらい簡単に飽きる。そう、まるで子供。そうして繰り返すんだ、「人間を愛している」と。
此の二人に以外にも、凡そ「普通」なんてカテゴリに入れる連中なんか殆どいない。僕の父親は、……まぁおかしな人だし、聖辺ルリや静雄の弟の幽君だって、やっぱり普通じゃない。看ている患者もワケありな人ばかりで、斯く云う僕自身も「普通」じゃないだろう。
そんな僕が愛して止まないセルティも、やっぱり普通じゃない。そもそも人間でないし、おまけに首から上がない。僕の周りには、普通じゃないものが溢れている。
だからと云って、僕は其れが嫌だと感じたことは一度もない。其れが此れまで生きてきた僕の人生で、僕の経験の積み重ねなのだから。
けれど、彼らの中には、普通じゃない、ということを否定する者もいる。
静雄はずっと昔から自分の力に悩んでいる。今も時折僕の処へやって来ては、「俺は人間か?」なんて聞いてきたりする。そんな時、勿論僕は「Yes」と答える。彼は生物学的に見ても歴とした人間だ、確かに普通ではないけどね。でも、素直だし根は真面目だし、不器用だけど優しい。少なくとも、臨也よりは人間らしい人間だと思う。
僕は彼が疑問をぶつけて来る度にそう答えている。其れでも、「普通じゃない」ということを嘆かないではいられないようだ。
そして、普通じゃないことを嘆いている人物が今目の前にいる。
何があったのか知らないけれど、セルティは臨也の処から帰って来てから元気がない。夕方、帰ってくるなり部屋に閉じこもってしまった。すっかり日が落ちて夜も更けた頃、やっと出てきたかと思ったら、今度はリビングのソファーに座ってクッションを抱きしめた儘ぼんやりしている。
「セルティ、一体如何したんだい?」
そう問いかけても、「何でもない」の一点張りだ。斯うなると僕は手も足も出ない。
人間の女の子相手なら、彼女の好きな食べ物でも拵えたらご機嫌とりが出来るかも知れない。生憎セルティは食事を必要としない。どんなにいいシェフを呼んだって意味なんか無い。其れに慎ましやかだから、あれが欲しい此れが欲しいなんて我が儘は云わない。そんな処も含めて僕は大好きなんだけれども、「ご機嫌とり」というミッションにおいては、難易度を上げる要素になってしまう。
「話したくなったら、話してね?」
仕方なく、僕は常套句を口にする。こんな時、最高に自分自身が厭になるね。独学で身に付けた膨大な医学知識も一般常識も、何の役にも立ちゃしない。言葉は、時として無力で、斯ういう時、僕は凄く死にたくなる。
だってそうだろう。目の前で小さく冷えていく生命が、其れが世界の中で自分にとって一番大事な存在で……。何も出来ず立ち尽くす、そんなレゾンデェトルの全否定。そんな状況はまさに絶望的で、本当に耐えがたい。
其れでも僕が死のうとしないのは、必ず彼女が無い首を頷いて見せるからだ。
――話したくなったら話すように。僕の其の言葉を、僕をきちんと必要としてくれたのだと思えば、失くしたレゾンデェトルは回復して、僕も生きることが出来る。
今回も、セルティは頷いてくれた。あとは、彼女自身の心の整理がつくのを待つ。然るのち、彼女は胸の内を吐露するだろう。そうして僕は彼女を慰め、冷えたかけた生命はやがて元の温かさを取り戻す、其れは何時もそうであるように。
けれど、非常事態は何時でも起こりうる。
何時もそうであることは、何時も通りそうでなくてはならないのに、そう上手くいかないのが人生の常、無常観とは是、偉大なり。そんなことを云って一人感心している場合じゃないのは、分かっている。
セルティは、何処で如何しているんだろうか。彼女は此処池袋じゃかなりの有名人で、警察を含めて色々な奴に付き纏われるというのに。
其れにしても、セルティが其処まで考えていたなんて思いもしなかった。
『……やっぱり、新羅も子供は欲しいと思うのか?』
突然そんな事を聞かれて、目が飛び出そうになった。まさか、セルティからそんなことを云われるなんて思いもしなかったから。
「まぁ、いたら可愛いかもね」
僕は思った儘返事をした。其れから「でも僕はセルティがいてくれれば充分だ」と、此れもまた思ったことを口にした。其の言葉に、セルティは一瞬ほっとしたようだったけれど、すぐに俯く。其れから、またPDAを取り出して僕に斯う云ったんだ。
『どんな生き物も、皆子孫を残そうとする。……罪歌でさえ、子を欲し、そし擬似的ではあるけれども実際に生み出した。何とかして、私とお前の子供出来ないのだろうか?』
彼女の其の言葉に、僕はガツンと頭を殴りつけられたような衝撃を受けた。もう一層のこと、本当に殴られて気を失ってしまいたかった。結論から云うと、彼女が人間と同じように命を宿すのは不可能だ。セルティの身体の中には、人間を模しただけで何の機能も果たしていない臓器が詰まっているだけ。其れは、幼少の頃、父と共にセルティの身体を切り刻んだ時に僕も見た。人ならざるセルティの遺伝子の研究や、まして胎外成育など倫理的な問題もあるし、僕の代で叶う訳もない。
――其れは不可能だよ。
そんな言葉を、僕は告げられるわけもなく押し黙るしかなかった。そんな僕の様子で、彼女は察したのか、『すまない新羅、おかしなことを云った』と謝る。そんな彼女を僕は抱き締めた。セルティの身体は少し強張っていた。其れを解くように、僕は「セルティがいれば僕は本当に充分なんだ」と告げた。其の途端、ぴくりと彼女の身体が反応した。おや、と思った途端、彼女は突然僕の胸に手を添えて押しのけた。
『お前は優しいからそういうことを云う。私はお前の優しさを搾取しているだけの浅ましい存在かもしれない。きっと、そうだ……。あいつが云っていた、新羅が可哀想だって』
そう言葉を残して、セルティは出て行ってしまった。すぐに追いかけたけれど、ただの人間の僕が追いつけるはずもなく、僕はマンションの前、ただ茫然と立ち尽したのだった。
そうして現在に至る。僕はソファーに倒れ込むようにして腰掛け、そうして、セルティの言葉を反芻する。
『お前は優しいから』
セルティはそう云った。
優しいだけで、自分以外の他人と、其れも人間じゃない存在と一緒に暮らしたり、ましてや恋愛感情を抱くなんてことは出来ないだろう。何時も君は云ってるじゃないか。『静雄は優しい』『帝人も杏里も優しい子だ』って。でも彼らが君に注ぐものは、僕のと違うだろう? だって僕のは愛だもの、彼らとは違う。
そう云って聞かせたいけれど、肝心のセルティはいない。部屋には僕だけ……。
作品名:いざ飛ばむ、神のゴミ箱、或いは世界 作家名:Callas_ma