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とうふ@ついった
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壊れ物

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「本は、生きているんだよ」
静雄がいつものように棚から手に取った本を図書館のカウンターに出したとき、ネームプレートに「折原」とある職員はその長い睫毛を空中へ下げて言う。
急にそんなことをいわれてもどう反応すればいいのか分からず、静雄はただ黙っているだけだった。カウンターの奥からは緩やかな音楽が流れ出て、それが館内へと響き渡っている。この雰囲気が嫌いではない。
男――折原はなめらかな手つきで本のバーコードを読み取っていった。手続きを終え、返却期限を書いた紙と共に静雄が借りた本を渡す。
どうせ持ち帰っても読まないであろう本を、静雄は鞄へとしまって、立ち去ろうとした。すると彼はまた口を開いた。
「君、よくこの図書館に来るよね、どうして?」
きっとロクなことがない、と瞬時に判断した。この場所だけでは、日常性が失われることがないと思っていたのに。


平日の昼前とあってか館内の人口密度は極端に低い。そのフロアにいるのは、静雄と彼だけだった。
唐突な質問に、よく来ているのを知られていたのだとか、何故声をかけられたのだとか、そういった疑問を静雄は一切考えようともせず、一言「別に」と答えていた。

本当は、普段別の場所にいると機嫌を損ない暴力行使に走ってしまうことがあるから、雰囲気が最もまともそうなこの図書館に足を運んでいる――、などといったもやもやとした理由はいくつかあったのだが、そんなことをその男に話すつもりはさらさらなかった。

顔立ちは端正なくせにどことなく怪しい男は今までにこの場所で見たことがない。新しく入ったバイトだとうかと思っていた矢先、失礼だなぁ 俺はれっきとした図書館司書だよ と言われてますますこの男に対する不信感が募ったと同時に、驚いた。
彼がどのような経緯でこの道に入ったか、今ここにいて、自分に話しかけているのか。ただの世間の人間には到底抱かないであろうことが頭に浮かんできた。
カウンターを隔てて奥の人物。よく目をこらすと「折原」という太字の横に小さく名前もあった。臨也。どう読めばよいのか分からない。
「俺の名前は折原臨也。なんなら君の望む内容の本でもレファレンスしてあげようか? 平和島静雄くん」

愛を知りたい。暴力を抑えたい。他人を知りたい、知られたい───普通の、人間になりたい。
ずっと、ずっと望んでいたことをすらすらと口にした後、何か中途半端な大きさの木箱を手に持ったままカウンターから出て行った。
「……手前、何者だ?」
「だから図書館司書だって言ってるでしょ。君頭悪いの?」
初対面の所に頭悪い呼ばわりされる筋合いはない。静雄がその背中に拳を奮おうと動いた瞬間、臨也は振り返って、一本立てた人差し指を静雄の唇へやんわりと当てた。
「図書館では静かに、ね?」
静雄は爪先をぐぐ、と皮膚へ押し込んだ。それをしただけだったのに、その間に臨也はもう既に彼の前から消えていた。臨也は階段に足をかけ、上へとのぼっていく。スリッパを履いているというのにすいすいと行く背中を静雄も追いかけた。
この辺りでは一番大規模な図書館とだけあって、蔵書数が多い廊下の中をそれら本に目もくれず臨也は突き進んでいった。
静雄が数回訪れたことのある館内はそれでも全て立ち入ったというわけではなく、いつの間にか踏み入れたことのないジャンルの領域に入っており、そうして気付けば階段から最も離れた壁際に来ていた。辺りを見回せば古典籍などといった案内板があった。
「何がしてえんだ」
「さっきから質問ばっかだね。俺が答えるのも楽でいいけれど、百聞は一見に如かずっていう俺にとっては物凄くハタ迷惑な諺があってね」
臨也は内ポケットから鍵を取り出して、奥の倉庫らしき部屋のドアを開けた。そんな空間が存在していたことすら知らず、静雄は正直なところ戸惑っていた。
「入りなよ」
図書館の奥、職員しか知らないような場所にあった鍵付きの部屋。中に何があるのかもわからない。
臨也というこの男は、自分が最も忌嫌う人種だということを静雄は感覚的にかぎ取っていた。得てしてそのような人物ほど少し共に時間を過ごしただけで、こいつはダメだと分かってしまうのだ。
早く、早くこの男から離れないと、自分は暴力を使い、さまざまなものを傷つけてしまう。いつもの警告音が鳴るのに、何故かその場から離れられない。それどころか、相手の領域へと足を踏み入れてしまう。もしかしたら、先程の自分の唇についた彼の指の感触が、案外悪いものではなかったから、なんて。
また頭の中がごちゃごちゃとしてきて、気分が悪くなった。結果として、静雄は臨也と共に倉庫の中へ入って行っていた。
そこで真っ先に彼が目にしたのは、本の山だった。

四畳半程度の倉庫のスペースに所せましと積み上げられている本、本、本───。
その海に、呑みこまれてしまいそうだった。壁際に設置された棚には本がびっちりと並べられていて、それでも入りきらない本たちが床に大量にある。
しかしそのどれもが「本」と呼ぶには何かしら違和感があるように静雄には感じられた。表紙が破けていたり、シミがついていたりと、壊れ物ばかりだったからだ。
何だここは、と静雄が再度疑問を口にする前に、臨也は倉庫の奥へと入って行き、山の一つから一冊を手に取った。その本もまた、表紙が破かれていた。傷跡の箇所を彼の指がつつ、となぞる。静雄の息が、思わず止まった。その手の動きが思った以上に、優雅で、そして優しく。

「……俺は、基本的には一度壊れた物には興味を示さないんだ」
そのような性格を臨也がしているのを、なんとなく静雄には納得出来るような気がした。
「そいつも壊れてんじゃねえか」
「これは壊れて、ない」
きっぱりとした口調だった。
強調したい言葉は、回数を繰り返して言うとその効果が得られるのだと云われる。彼の話し方はある意味ではテンプレート通りのものだった。
「壊れてなんか、ないよ」
ドキリとした。まるで自分に言われているような気がして。
壊れ物。化け物。あいつは人間じゃない───自分でも、そう思っていた。
二人の間に冷たい、けれど居心地は悪くない静寂が訪れる。
臨也は自分の持っていた箱から道具を取り出し、恐ろしく慣れた手つきで手に取った本を修復した。不安定な場所で行われた作業にも関わらず、表紙は綺麗に再生され、それは本来の形を取り戻した。そうしてまた、静けさは破られる。
「ほら、戻った」
ニコリと、笑った。まだ出会って数分なのに、そんな笑顔も出せるのかと静雄は心底驚いた。
ほんの一瞬だけだが、本に対して慈しむような、愛情を注ぐような、真剣にそんな目つきをしていた彼は綺麗だった。
「あーあ……まだ、多いや」
臨也が部屋中を見回す。そうか ここは貸し出すことが出来なくなってしまった本の行き場なのだと、静雄は今更ながらに察した。中には修復が不可能ではないかというようなものもあった。しかしそんな本でさえ、彼はきっと直してしまうのだろう。本気で思った。
「壊れたものには興味を示さないよ。本でなくなったものには、人間でなくなったものには興味を示さない」
だから何だと、静雄にはもう聞くことが出来なかった。
作品名:壊れ物 作家名:とうふ@ついった