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若紫計画

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「ねえ、何それ」
 男は名をリボーンという。
 様々な処から依頼を請け負う雲雀の一番の常連であり気に入りでもある彼は、常に真っ黒なスーツでボルサリーノを被った、この世界では若い方である雲雀よりさらに若い男で、何時だって飛び切りの獲物と報酬の依頼をくれる。依頼だけではなくリボーン自身も雲雀が侮れないと思っている程に強く、何時か機会があれば咬み殺してやりたいと思っている男であった。
 何時も男は一人で、帽子に彼の相棒というカメレオンを乗せてやって来るのだが、今回は違った。
 リボーンに手を繋がれ、今やソファに腰掛ける足の間に小さく収まっている子供を見て、雲雀は顔を顰めた。
「ツナだ」
 リボーンは当り前の様に言って、出されたコーヒーを啜る。
 その足の間に大人しく座りながら、視線だけは騒がしく忙しなく、子供は部屋の中をじろじろと見ていた。
 無遠慮な目で何でも見るから雲雀は子供が嫌いだ。だからその通り睨みつけてやると、子供は視線に気づいたのか、目をあわせてへにゃりと笑った。
 人が睨んでいるというのに、怯えた様子すら見せずに笑うのが、神経を逆なでされたようで余計に腹立たしい。
「おい、そんな睨むなよ」
 小さな子供にムキになる、すっかりいい大人な筈の雲雀を愉快げに眺めながら、リボーンは言った。
「今回の依頼は、こいつの事だ」
「断る!」
「そう言うなって」
 リボーンは懐から一枚の紙を取り出して、それを雲雀に渡す。
 顰め面のまま受け取った雲雀は、二つに折られた紙をぺらりと捲って、目を剥いた。
 リボーンは何時だって、とびきりの獲物と報酬をくれる。だが、今回の報酬は今までの比ではない。過去に請け負った仕事、売った情報で得た額よりもとびきり多い金額が、渡された小切手には記されていた。
「……随分羽振りがいいじゃない」
「ああ、ボンゴレきっての重要機密についての依頼だ」
 先程まで子供を睨みつけていた雲雀は襟を正して、仕事の顔をしてリボーンを正面から見た。
 リボーンは己の足の間に座らせていた子供を立たせる。
「ほら、自己紹介」
 脇の下あたりに手を入れられてふわりと持ち上げられてしまった、いかにも軽そうな子供はリボーンの言葉に首を傾げたが、名前だ、と言われて漸く頷いた。
「つなよしですっ。よろしくおねがーいします」
 頭を下げて、あげられた顔には満面の笑み。
「……この子、いくつ」
 一心に雲雀の座ったもっと上の辺りを眺めている子供に、雲雀はひくりと頬を震わせた。
「十だぞ」
「十って言えば小学生でしょ? 体も小さいし、頭の中身だって、とてもそんな風には見えないんだけど」
「昔目の前で親を殺されて、それからちょっとな」
「この子……白痴?」
 リボーンは苦いものを咬む様に笑った。その間にいる子供は、相変わらず天井の方を眺めている。
「お前にこいつを預かって欲しい」
「断る」
 即答した雲雀に、リボーンは困った様に帽子に手を当てた。もっともそれは動作だけであって、その表情は少しも困ったようではないが。
「こいつは案外賢いぞ、確かに救えねーほど馬鹿ではあるがな」
 子供は大きな瞳を雲雀に向ける。零れ落ちそうなそれは鼈甲飴を溶かした色で、湖の水面の様に澄んでいる。
「とりは、ひるまはとばない、の?」
 意味がわからない。
 雲雀は思い切り顔を顰めてリボーンを見た。
「こういうのは専門の施設とかの役目なんじゃないの?」
 リボーンは立ったままでいる子供を引き寄せると、再び足の間に座らせた。
「そう言うな。ツナはボンゴレの最重要機密なんだ」
「雲雀、お前へドン・ボンゴレ九世からの依頼はコイツ、綱吉の保護と護衛だ」





 目の前で無情に閉まって行く扉。
 雲雀の傍らには、己の胸にも届かぬ小さな子供。
 結局押し付けられた、閉まった扉に向けてリボ、ばいばーい等と言っている子供に、雲雀は一度だけ大きく溜息を吐いた。
作品名:若紫計画 作家名:桃沢りく