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夢を見るヒト

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ジャンの研究室に一歩足を踏み入れた瞬間に溜息を漏らした。
 目に入ってきたのはソファに寝っ転がる部屋主の姿。
 恐らくは誰かからのもらい物だろう。無機質な研究室には到底似つかわしくないやたらと繊細な彫刻を施された物だ。それなりの所に売りに出せば言い値で売り渡せるだろう。
 が、大の大人が余裕で寝っ転がれるほどには大きくはない。
 肘置きから膝から半分をだらり、と垂れ下がらせた姿はヘバった大型犬を想像させる。
 目の上には眼鏡。胸の上には文庫本…宮沢賢治だ。
 確か、高松が学生時代にくれてやったものだったように記憶している。見ると大分古く、新しく買い直した物では無さそうだ。そんなものを、未だに持っているのか。眉根に深く皺を刻み込む。漂う空気は薄寒い。開け放たれた窓から舞い込む風でカーテンははためいているし、差し込む日は橙。そろそろ藍色が滲み始める時刻である。嫌に甘ったるい花の匂いがするのはガーデンに面しているからだろう。先ずはその元を断たんと窓をピシャリと閉めた。無言で空調コントローラを手に取りと電源を入れる。
 再びジャンを振り仰ぐと、長く黒い髪が人工的に作られた温風に煽られはためいた。廊下まで温かくしている研究塔(グンマが寒いと嫌がるからだ。その辺りの費用は度外視しているらしい)の一室がこんなに寒いという事は、恐らく日が高く温かい時間からこの状態なのだろう。あぁ、靴も靴下も履いていない。薄いオフホワイトのセーターに着古したジーンズ(恐らくは学生時代から愛用している物と思われる年代物だろう。赤の秘石は以前その侭のサイズでジャンの身体を創り出したらしい)から伸びる足は生白く血の通いを感じない。
 馬鹿だバカだと思っていたがいよいよ本物らしい。いい加減秋から冬へと移り変わろうとしているこの季節に、自ら風邪を引き込むような真似をするなんて。もしかしたらすぐ起きると思いこんな格好で居たのかも知れないという考えが頭を掠めたが、自分で定めた時間に起きる事が出来ないのならば同じ事。
 このバカは一体何時から寝腐っているのか。
「眼鏡を掛けたまま、寝こけるんじゃない。といつも言っているでしょうに、」
作品名:夢を見るヒト 作家名:nkn