夢を見るヒト
今度こそ欠伸をして大きく伸びをしてから、上半身だけを起きあがらせる。眠りに落ちる前に掛けていた記憶のある眼鏡を外そうと手を伸ばしてそこに目的の物が無い事に気付き、一瞬高松を睨んだ。その後すぐに視線を真正面の虚空へと戻す。
体勢を変えて、きちんと座る。恐らく温かいだろう、プラスチックトレーに載った食物の匂いが立ち上る。背凭れに体重を掛け、手近に有った高松の髪の毛を弄んだ。少し白い物が混じり始めたそれに離れていた年月とジャン自身の特異を思い知る。自分が異物であると言う事の証拠である物を見ていたくはなく、目を閉じたまま指に絡めていた髪の毛を引っ張った。ジャンの行動など予測済みの高松は驚く事も、怒る事はなかった。引っ張った力は微々たる物で、動きに合わせて頭自体を動かせば、髪の毛も勿論抜けない。
窘めるように耳元で「ジャン、」と名前だけ呼ぶ。瞼を降ろしたまま、口の端を持ち上げる。
「夢を見るんだ」
妙に陶酔した表情を浮かべるジャンに、寝ている間の表情を思い出したのか。今度は高松が苦い表情を浮かべる番だった。
「どんな夢です」
押し殺したような声。それに気付きすらしないのか、ジャンは歌うように続けた。
「昔の夢。士官学校に入ってから、オレが一旦死ぬまでの夢」
一度目を伏せたジャンはその夢の中での光景を思い浮かべているのだろう。頬を赤く染め、酷く嬉しそうな微笑みを浮かべた。