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彩りディナー

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「ただいまー」
日も暮れ始めた春の夕方、仕事を終えて司令部から帰宅したエドワードが玄関から声を掛けると。
エプロンを付けたアルフォンスがキッチンからひょこりと顔を覗かせる。
どうやら夕飯の支度にかかっていたようだ。
「お疲れさま。ごめんね、ちょっと手が離せなくて」
「いや、いいよ。…ところで、それって」
弟の手には、青々とした丸い野菜。
「うん、春キャベツだよ。いい色でしょう?」













エドワードはまず洗面所で石鹸を使って手を洗い、すたすたキッチンへと入った。
ダイニングテーブルから自分の椅子を引っ張り出して、背を抱いて跨るように腰を下ろす。
「───そのキャベツ、買ってきた…にしては、ちょっと小振りだな」
だが小振りとは言っても葉も肉厚で、しっかり日を浴びて成長したのだということが良くわかる。
「買ったんじゃないよ。兄さんが帰ってくる少し前に、ベリンダさんからもらったんだ」
「ベリンダさんって…ああ、隣のばっちゃんか」
「うん」
調理台で手にしたキャベツの葉をぺりぺりと取りながら、アルフォンスが言うには。
昼下がりに洗濯物を取り込んでいたら、隣───といっても距離は少し離れているのだが───に住む老婆が家を訪ねてきたのだそうだ。
「───畑でよく見かける、害獣よけのプロペラがあるでしょう?」
「ああ、モグラとか鳥避けにって刺してあるやつだろ?音と振動で害獣撃退、ってヤツ」
「そうそう、それ。あれを買ったんだけど、組み立て方が解らなかったみたいで」
老婆は数年前に病気で夫を亡くしており、現在は娘や孫と一緒に暮らしている。
趣味と実益を兼ねて家の裏の畑で野菜を作っていて、エドワード達にもよくお裾分けで持ってきてくれるのだ。
「つか、ああいうのって普通、説明書が付いてるモンだろうが」
「あったにはあったんだけど、ものすごーく簡潔な図がパッケージに描かれてるだけだったんだ。あれじゃあ、ちょっと解りにくいかもね」
「ふーん」
「ベリンダさんの家族もちょうど用事で出払ってたから、頼める人が居なかったみたい」
そこで考えた老婆は、たまたま今日は仕事が休みで自宅にいたアルフォンスに声を掛けた、というわけだ。
「錬金術を使っても良かったんだけど、たまには自力でやってみようと思って、手作業で組み立ててみたんだ」
「へえ、すげぇじゃん」
「そんなことないよ。でね、ベリンダさんと話しながらプロペラを組み立てて、ポールに釘で固定して、ちゃんとプロペラが回るように調整して…」
久しぶりに金槌なんて振るったなぁ、でも面白かったんだよ、と笑う弟を、エドワードはどこか眩しそうに見つめた。
こんな風に、穏やかにわらうアルフォンスの表情が見たいと切望していた頃を考えると、今ここにある日常が本当に愛おしく感じる。
「ついでだから、畑に刺すのも手伝いましょうかって言ったら、それなら自分で出来るから大丈夫だって。で、組み立てたお礼にって、キャベツを2玉貰っちゃった」
「そっか」
話しながらもアルフォンスの手は休むことなく、はぎ取った大振りな葉を洗ってざくざくと切り。
切った内の1枚を、ひょいと口の中に放り込んだ。
「あ」
「兄さんも齧ってみる?甘いよ」
「ん。…お、ホントだ」
振り返ったアルフォンスの、骨張った指で摘んで差し出された切れっ端をぱくりと口に入れて咀嚼すると。
独特の青臭さと同時に、仄かな甘みが口の中に広がる。






「ベリンダさん家の野菜って、どれも美味しいよねぇ」
「ああ。この間分けて貰ったアスパラガス、あれも美味かったよな」
「そうそう。あっという間に全部食べちゃったもんね」
せっかくだからということで、茹でただけで他の野菜と和えることはせず。
二人してドレッシングも掛けない、凄まじくシンプルなスタイルで食べてみることにしたのだが、これがまた美味だった。
食べ盛りの兄弟のために老婆は結構な量を分けてくれたのだが、貰ったその日の夜と翌朝の2回の食事で全てを平らげてしまった。
「オレ達、いつも貰ってばっかりだしさ。いつかお礼したいよな」
「そうだね。…ねえ兄さん、今度休みが一緒になったら、何か探しに行ってみようよ」
「ああ、そうしようぜ」
「ん、じゃあ決定だ」
そう言って、アルフォンスがキャベツをもう一切れ差し出してくれたので、エドワードはそれもぱくりと口に入れる。
「───けどこれ…春物だからか?なんか、他の時期のキャベツより柔らかい気がする」
「でしょ?千切りにしてサラダにしても良かったんだけど、夕方になって少し冷えてきたから、メインは温かいメニューにしたいかなって」
「なるほど、それでスープってことか」
「そういうこと」
沸騰している鍋の中に、切ったキャベツをぱらりと入れる。
エドワードが椅子から立ち上がり、アルフォンスの横から鍋をのぞき込むと、先程切った鮮やかな葉色とは別に白に近い色の葉もくつくつと踊っている。
「あれ、キャベツが2色になってる?」
「ああ、これ?冷蔵庫に使いかけが残ってたんだよ。早く使わないと勿体ないし、色違いっていうのも面白いかなって思って、ついでに入れてみたんだ」
「なるほどな」
色合いにも食感にも違いが出て、楽しいかもしれない。




作品名:彩りディナー 作家名:新澤やひろ