彩りディナー
☆
くつくつと音を立てる鍋からは、キャベツが柔らかくなっていく、青くて甘い匂い。
その中に、別の鍋で下茹でしたにんじんを投入する弟を眺めながら、思い立ったエドワードは問うてみた。
「なあ、オレもなんか手伝おうか?」
「それは助かるけど、いいの?疲れてない?」
「平気だって。それに、並んでメシ作る、ってのも、偶には良いんじゃね?」
頬杖をついたまま首を傾げてみせると、アルフォンスはくすりと笑みを零して。
「ありがと。じゃあ、お言葉に甘えて…」
自分の周りを見渡し、笊にあげた細いパスタを指す。
「それとブロッコリーを使って、サラダを作ろうと思ってたんだ。これからブロッコリーを茹でるから、そっちを頼んで良い?」
「了解」
エドワードは頷いて、水を汲んだ片手鍋に塩をひとつまみ入れて火に掛ける。
「湯を沸かしてる間に、着替えてくる」
「うん。───あ、その前に忘れ物」
「?」
片手鍋に蓋をして、キッチンを出ようとしたエドワードの腕を引いて。
アルフォンスはちゅ、とキスを一つ。
「…お帰り、兄さん」
「……ただいま」
肩に腕を回して額をこつんとぶつけてきた弟に、キスのお返しをして。
「───美味いサラダ、作るからな」
「期待してる。よろしくね」
笑って頷いてくれたアルフォンスに、伸び上がってもう一度唇を押し当て、エドワードはするりと弟の腕の中から抜け出した。
☆
着替えて戻ってきたエドワードは、シャツの袖をまくり上げた。
「んじゃ、始めっか」
普段から料理はアルフォンスに任せてしまいがちで、どちらかというと食べる方が得意なエドワードだが、実はサラダを作るのだけは弟にも負けない腕を持っている。
披露する場もないしそのつもりもないので、この『エルリック大佐の意外な特技』を知っている人物は結構少ない。
茹でたブロッコリーと斜め切りにして同じくボイルしたウィンナー、それとパスタを合わせ。
彩りも兼ねた仕上げには、四つ切りにしたプチトマトと缶詰のコーン。
和えて皿に盛りつけたその上からすり胡麻と、特製のドレッシングをかければ完成。
「アル、こっちできたぞ」
「ありがとう」
「だけど、コーン残っちまったぞ?皿に移して、冷蔵庫に入れとけばいいか?」
「ううん、スープにも入れようと思って、わざと大きめの缶詰を買ってきたんだ」
「なんだ、そうだったのか。…じゃあそっち、入れるか?」
「うん、よろしく」
「おう」
鍋をのぞき込むと、いつの間にか玉ねぎやきのこも投入されていた。
赤みがかった琥珀色をしたスープをアルフォンスがおたまでかき混ぜている横から、エドワードはコーンをぱらぱらと落としていく。
「へー、良い色だな」
「でしょ?味もなかなかだよ。…味見、してみる?」
「いいのか?」
ぱっと目を輝かせたエドワードにふんわりと微笑して、アルフォンスが小皿にスープを掬い取る。
「はい、どうぞ」
「サンキュ」
受け取った小皿の中身にふう、と息を吹きかけて軽く冷まし、口を付けた。
「いかがでしょうか、兄上?」
「……おー…」
コンソメの風味の中に野菜の甘みが柔らかく溶け込んだ、素朴で飽きの来ない味。
口許には自然と、笑みが浮かぶ。
「ん、美味い!さすがオレの弟」
「お褒めにあずかり光栄です」
アルフォンスはエドワードの手から小皿を取って調理台に戻し、そこにことんとおたまを置く。
「今日のスープはね、胡椒を出来るだけ使わないようにしてみたんだよ」
「そういや胡椒の味、ほとんどしなかったな。なんで?」
残った味を確かめるように自分の唇を舐めて、エドワードは弟を見る。
「胡椒って、少量でもインパクトの強い味がするでしょう?胡椒があれば味を調えるのは簡単だけど、他の材料の味がわかりにくくなっちゃいそうで」
「そうだよなあ。せっかくのキャベツの味が、わかんなくなっちまいそうだもんな」
旬の野菜を使っているのに、調味料の味だけが際立つのは勿体ない。
だからアルフォンスは、キャベツも他の野菜の味も分かりやすい、コンソメ仕立てのスープにしたのだろう。