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断章書簡。

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18年 6月23日
……それにしてもTが予科を受けないと聞いたのには驚いた。奴のことだから、大方意気揚々と受ける物だとばかり思っていたのに。悔しい事に、少々裏切られた気分では在る。

昼頃、通知届く。甲飛合格とのこと。母が近所に知らせて回るので困った。Tの耳にも届いて居るだろう。
中学の寄宿舎寮に、もう戻らないので、荷物を引き取りに行かなければならない。五修で入ってから、三年を過ごした学び舎も此れが見収め。桜に錨の七つ釦が纏えるとは名誉の至りだ。尤も、私ほど優秀な者が選ばれるのは当然のことだが。


18 年 7月18日
朝から晴天。此れも日頃の行いの賜物に違いない。
母に見送られ、昼前列車に乗る。鈍行の乗り口は人でごった返していた。切符を購うのにも一苦労。
あいつは来なかった。どうやら体調が思わしくないらしいと聞く。鬼の霍乱とはこのこと。


18 年 8月25日
此方の訓練にも慣れた。今日は飛行演習の筈が、雨に祟られ座学に変わる。鍛錬で一緒になる予定だった先輩が曰く付きの雨男らしいとは、整備工見習のHの言う処。こいつは小さいのに機械いじりが好きらしく、同じく整備の Yを連れて、しょっちゅう機体点検に顔を出す。時折は、手紙を運んでくるDもそれに加わる。
宛がわれた機体には、密かにユリコと名付けた。昔飼っていた犬の名だ。緑のかかったあかがね色に、少し汚れた感じの白が大層似ている。
教官殿の指導は厳しいが節度があり、何より銃器の腕が良い。職務に忠実な所も尊敬できる。

夕べに、Tから書簡が届く。
こじらせて入院はしたが、心配には及ばぬとのこと云々。自惚れ屋、誰が心配などするか。
同封して写真を寄越す。無理を張って制服なぞ着て、上衣の上等のを羽織っている。少しばかり面差しが瘠せた様にも思う。あとでからかってやる心算。
添えられた文面が余りに傑作なので、抜き書いておく。『どうだ、私は変わらず美しかろう』
寝言は寝て言え。なんにしろ、物好きな奴だ。


19 年 1月2日
無事予科を卒業、晴れて飛行練習生となる。履修の期間が、以前と比べて短くなっているとのことを聞く。先駆けて下士官の位を賜った。階級は二飛曹ということになる。これも偏に私の努力が、と言いたいところだが、先輩方に目を掛けていただいたお陰だろう。配属は、頼もしくもS中尉の隊。


19 年 7月3日
中学の終了証が手元にある。昨日、母の手紙を介して届けられた。これで私は、もう学徒ではないということだ。誇らしいとは思う他、存外この事実が重たく、夕食が喉を通らなかった。
戦況が悪いのか、訓練が毎日厳しく、おちおち日記を付ける暇もない。
ラヂヲは大勝としか叫ばず鬱陶しい。上官のS中尉は、そんなもの消してしまえという。大本営はもはや聴く意味を成さないものと捉えられているだけの様で、命令では無かった。余所の話を聞くに、我が班の属する隊は他の基地に引き比べ、稀有な程人間関係の落ち着いて緩やかな分隊であると知る。帝大や高等を出られた方が多いせいか。
兎も角も、ラヂヲが消えて、幾分気が落ち着いた。あの放送を聴いていると、一体誰の為にこんな事をしているのか、解らなくなる。
敵とは、誰のことなのだろう。
暗い時代だ。人の口の端に上るのは訃報ばかりで、明るい話題等逆さに振っても出てこない。
T からの玉章は途絶えがちで、そもそも此方からの手紙がちゃんとあちらへ着いているのかどうかすら怪しい。
偶の書面でも、喧嘩ばかりをする。
まあ、何時もの事と言えば何時ものことだから、やり取りの続くだけでも奇跡と言わなければならないだろう。
入院が解けて、家へ戻っているらしい。向こうでは雪が降ったとのこと。雪だるまが出来た、どうだ羨ましいかと言うので、そんなことあってたまるかと笑っている。
母の拵えるかやく飯が、今ふっと懐かしくなった。



19 年 8月14 日
またTが入院したと、これは母からの手紙で知らされる。暑さが堪えるらしい。本人からの文と言えば、髪を少し切り揃えただの、四修で終えた中学の卒業席次が首位だっただのと、相も変わらず、如何にも下らない事ばかり書いてある。『矢張り私は完璧だな!』知ったことか。病状について、向こうに知らせる気が無いのなら、此方も知らぬふりを通すまでだ。

先日、この御時世何処から手に入るものか、言う処の特務士官に中る上級の先輩に、銀の簪を頂いた。好いた娘にでも贈れという。御自身、似た様な物を贈ったのだそうだ。
成程、未来の約束も出来ない私たちに残せるのは此のくらいか。此の先輩は、二日前に出撃された。簪は、思いがけない形での形見となってしまった。自分たちの行く末は覚悟している心算ではいるが、どうにも遣り切れない。良寛の句を出した。『散る桜残る桜も散る桜』。私に恋人は居らぬし、母は簪を使わない人だ。かといって、手元に置いて死蔵してしまうのも惜しい。先輩のご厚意にも叛く事になるだろう。黒髪に映えそうな銀色の簪、使いこなせるというのなら奴に、とも思ったが、……くだらない。やはり、やめておこう。
先輩が何を思われ、どなたに簪を贈られたのかはわからない。お世話になりましたとはどうにか口にしたが、御武運を、と伝えられなかったことが、今にして悔やまれる。



19 年 10月6日
何度目かの飛行演習を行う。我ながら、随分と上達した。旋回の上手く行くと特に気分が良い。夕飯に、兵舎の蔵出しという時雨煮が出る。美味。久々に肉という物を口にした気がする。珍しく時間が空いたので、食後、少し本を読んだ。母の送ってくれた、航空方の指南書だ。矢張り、活字は心を静めて呉れる。軍の内に在る身、定めに倣えば葉隠以外の携行は咎められもするが、何せS中尉は率先してデカンショを読む方だから、その辺り非常に寛大な措置を取られる。私たちにとっては僥倖。

そうだ、幼い頃の夢を見た。その夢の中での私は十で、Tと何やら言い争っていた。攫み合う度にTの黒髪が揺れるのが、眼の醒めた今となっても瞼に煩い。其の時分修練していた弓の、どちらの腕前が上かと、私だ、いいや私だと、負けん気を出して言い合う声が懐かしい。……悲しい夢だった。結局、互いに背を向け会ううちに、日の温みに負けて眠ってしまった。起きた頃には夕暮れで、叱られたらお前のせいだと、互いにまた喧嘩をしながら家路を辿った。そう毎日の様に張り合ったTも、今ではもう傍にない。他愛もない、遠い昔のはなしだ。



20 年 3月6日
訓練はしばらく取りやめになった。これからどうなるのかと、近頃では皆そればかり思案する。本来なら軟弱の謗りと共に制裁を受けるべきところ、上官の方々にはどうやら見逃していただいている。
此処数カ月ほど、音信が無い。里は空襲を受けたとのこと、家が心配だが見に戻る余裕も無く、母には何度か文を出した。如何にも不義理を働き、済まない事をしたと思う。
作品名:断章書簡。 作家名:朝野 夜