アクシデント
喧嘩人形の新しすぎる一面に、帝人は思わず笑みを浮かべていた。
――っ、なんだコイツ…。
一方で、平和島静雄は少年が自分を恐れないどころか、微笑みを浮かべたことに動揺していた。胸の動悸は、気付かないことにして。
どちらからともなく駅へ向かって歩を進めた二人だったが、その距離はつかず離れず。明らかにリーチが違うはずなのに歩調は変わらない。
そして好奇心を堪えきれず帝人が視線を向けた結果、冒頭に戻るわけだ。
「あの、平和島さ」
「あっれー帝人くんじゃないの!久しぶりー!いや~ストローを吸う帝人くんも素敵だよまるでアレをソレするみたいな口元で俺は興奮を隠しきれないなあ。あ、ちょっと写メ撮らせてね」
「臨也さん!?」
突然の乱入者。
帝人の目の前に立ち塞がった黒を基調とした服に身を包む男は少年に対して両腕を広げながら近付き、あと一歩のところで。
「!」
「っいざやさ…っ!?」
吹っ飛んだ。それはもう、きれいに。
「い~ざ~や~く~ん」
あれ、僕の隣って地獄だっけ。
そんなことを思わせるような声が隣から聞こえる。なんだろうと帝人が振り返れば、そこには駐禁の標識を手にした長身の彼。そして彼の視線の先にはさっきまで目の前にいた臨也が倒れている。
「もー冗談きついよシズちゃん。俺と帝人くんの時間を邪魔しないでくれるかな」
「別に二人の時間とかじゃないですけど」
「冷たっ! 帝人くん冷たっ!」
「わかった。殺す」
「分かってないよねえ、それ?」
「今すぐ死ね、ノミ虫」
「うわ、ちょっと傷つくなあ。ってことで慰めて帝人く」
「消えてください」
「うわあ直球☆」
軽口を叩きながら攻撃をひらひらと交わす臨也に、静雄の怒りが膨れ上がる。手近にあった自販機に手をかけたところで、その動きがギシ、と固まった。
「んー、あまい。でもあますぎない?」
「~っぃ、いざ、や、さ…っ」
「!?」
ぺろり。
帝人の口元を一舐めして感想を呟く臨也に、帝人は驚きと羞恥に顔を赤く染め、静雄はサングラスの下の目を見開く。
「今度はコーヒー味のキスしようね」
そう言うや否や臨也は帝人の唇に己のそれを軽く重ね、群集へ向かって駆け出した。
「…っ!いぃざぁやぁぁあああ!!」
逃げたのだと気付いた時には既に遅く、彼の姿は雑踏の中に消えていた。彼を追おうと静雄の姿も人波に吸い込まれていく。
一人取り残された帝人に、ようやく今の事態が追いついた。つまり、何が起こったのかを遅れて理解したのだ。
――え?ええぇぇぇ!?
少年の絶叫は彼の心の内へと吐き出されたが、茹で蛸のように耳まで真っ赤になったその表情から彼の混乱は容易に伺い知れた。
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「おーいセルティ、シェイクはどうしたんだい?」
『メモの意味が分からなかった』
「そっか、僕も急いで書いたからな~。それにしてもごめんね、使いパシリみたいなことお願いしちゃって」
『別にいいよ。役に立てたなら良かった』
「ああやっぱり可愛い!可愛いよセルティ!!今日はやけに素直だねどうしたのまさか僕に対する愛が溢れて溢れて止まらないぐぼぁ」
『黙れ』