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十字路

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『十字路』







冬休み。
昼は外で食べてくると言い残して、七代千馗は数日振りにリグ・マサラヴェーダを訪れていた。昼時ではあるのだが近隣の学校が軒並休暇中なので、元々学生客の多かったこの店は割合閑散としている。



店主のカルパタル・T・シャンカルへ一通りの挨拶を済ませ、七代は窓際の奥の席へ腰を下ろす。そうして、注文したカレーを待ちながら、客の疎らな店内をぼんやりと眺めた。
眺めているうちに、そういえばこの店に来る時はいつもひとりでは無かったのだという事に今更ながら気が付き。脳裏に友人たちの顔が綿菓子のように浮かんでくる。
ひとりで、こんな風にカレーを待つのは、初めてだ。
だから、いやに店の静かさが耳についたのだろうか。たかがそれだけの事で感傷的な気持ちになってしまったらしい己を、七代は胸中で笑うしか無かった。
一体いつから己はこんな風になってしまっていたのだろう、温さに慣れるのがつらい事なのは重々知っている筈なのに。
そして七代が鴉羽神社を出る時、境内へ迷い込んだ野良猫の相手をしていた雉明零の事を何故だか思い出した。何か真剣な顔を猫に突き合わせていたから取り込み中なのかと思って誘わなかったのだが、声を掛ければ良かったのかも知れない。そもそも、七代の今日の用向きは近くにある図書館なのである。雉明ならば邪魔にならないし、本が好きだと言っていたので喜んだだろう。そうして帰りにこの店のカレーを食べさせてやれば、雉明は未知の味に対して何と言っただろうか。どんな顔をしただろうか。

「………………ツメが甘いなあ、俺は」

独り言を小さく呟いて七代は嘆息し。次の楽しみが出来たのだと、喜んでおく事にした。






そのリグ・マサラヴェーダへ向かう、二人分の足音がある。

「あの店主によると、このあたり、らしいんだが」

ひとりの足取りは、そう呟くもうひとりのそれよりもやや積極性に欠けている。半歩遅れたところから前方の背中に向けて、揶揄めいた笑みを向けた。

「…………家でもカレー率高いのにさあ…………外でもカレーってすごいよなあ、まじでお前のカレーに対する愛ってさあ」

だるそうに伸びる語尾が大層聞き手の神経を逆撫でする。しかし、現在傍らに居る聞き手は幸いな事にそんな物言いにはもう慣れているようで。きれいに聞き流しながら店を探している。

「なあ甲太郎、これは物凄く真剣に訊くんだけど、」
「お前の真剣ほど信用ならないものはないが、一応聞いてやるから言ってみろ」
「お前、葉佩君とカレーと、どっちが好きなの?」

律儀に耳を傾けてしまった事を全力で後悔し。甲太郎と呼ばれた男は大袈裟に肩を竦めた。

「ほら、やっぱり聞くんじゃなかった」
「なんでだよ、俺は真面目に訊いてんのに。っていうか葉佩君にも訊かれた事あるだろ?絶対。俺とカレーとどっちが大事なんだよ!みたいなさ…………葉佩君ボイスで頭に浮かんできたもん」
「…………龍麻、お前はもういいから帰れ。な」
「お前が依頼がどうのこうのとか言うから付き添って来てやってんのに、ほんっとに可愛いねえ、甲太郎は」
「、頭をぐしゃぐしゃにする、な!」

鋭く飛んできた踵を、まるで酔拳のような所作で難無く避けて。龍麻と呼ばれた男が一件の路面店を指差した。

「ああ、あれじゃね、お前が言ってるの。ほら、ぐずぐずすんな甲太郎。ぐずぐずしてると店が逃げてくだろ」

そう言い、妙に軽い足取りでさっさと店の扉をくぐる。
己の腹を鍋にしてぐつぐつと煮える感情の出口をうっかりと失ってしまった男は、とりあえず手許の香りを深く吸い込み。それでもまだ充分に苛々しながら、仕方無くもうひとりの男の背を追った。







七代千馗がいつものオススメ出来ないカレーを食べ始めるのと、新しい客が店に入ってきたのはほぼ同時だった。
自然と七代の眼が其方の方へ注がれる。男の、ふたり連れ。
片方の男に然したる特徴は無いが、敢えて言うならば前髪が妙に長くて表情が見え辛く、年齢の読めない雰囲気で。もう片方は、何処か猫科動物を思わせるような身体つきの痩せた男で、指には煙草に似た何かを挟んでいる。煙草でない事は判るのだが、七代の眼にはそれが何なのか確認出来なかった。
何処がどう気になるのか明確には言い表わせないが、何となしに眼を引くふたりである。
このあたりの人間では無さそうだと思いながら、とりあえずカレーの方へ意識を戻す。
ひとくち、口にした。
舌の上に突き刺さるような刺激と辛さが踊り、喉許を過ぎたところでじわりと旨みに変わっていく。相変わらず、カルパタルのカレーはすごいと七代は思う。料理としてうまいとかまずいとか、もうそういった次元ではなく(それは確かに美味である事には違いないのだが)、もっと超越した、例えばこれは芸術と言ってもいいような類のものではないだろうか。それくらい、七代が今まで口にしてきた数多の料理とはあまりにも一線を画し過ぎているのである。
七代が口腔内へ広がる香辛料の複雑さについて、一瞬思索に落ちていると。
ふと、テーブルの向かい側に人の影が揺らいで見えた。
顔を上げる。立っていたのは、先刻の男だった。

「、きみ、」

黒い髪の男が身を乗り出すようにして突然、七代の顔を覗き込んでくる。

「お、おい、龍麻っ…………」

もう片方の男が必死にそれを止める。が。男はそれを全く無視して、真直ぐに七代の眼を観察した。

「…………や、ちょっと、おもしろい眼だなあと思ったからつい。珍しいねえ、そんな眼、初めて見る」

男の口調は妙にのんびりとして。そこには純粋な興味が在るばかりである。
初対面の男の顔を無遠慮に覗き込んで凝視するという奇異な行いをするこの男に、七代の方も何故かぎくりと眼を奪われた。
奇行の所為では無く、主に、男の眼の色に。ただ、ぬるりと黒い色をした虹彩。けれど、底を覗くと何かひどくとんでもないものが沈んでいるような気がして、無意味に脈が逸った。
これは警戒、なのだろうか。それとも恐怖か、高揚か。
己の反応に戸惑いつつ七代が言うべき言葉を探していると、男はするりと身を起し、改めて微笑んだ。微笑自体はひどくやわらかな、綻ぶような雰囲気なのだが、それがどうにも作為的に見えてしまうのは仕方の無い事だろう。先刻の奇行さえ無ければ、普通に受け取れたのかも知れなかったのだが。あれの後では残念ながらあまり意味が無い上に胡散臭い笑みである。

「あー、ごめん、つい気になって。えっと………、俺は、緋勇龍麻。よろしくね」

歳上である事は確実なのだが、どれくらい歳上なのかは判らない。
そして何故、突然眼を覗き込まれた挙句、自己紹介をされねばならないのか。しかし、名乗られた以上は此方も名乗るべきなのだろうかと七代が逡巡していると、突然、今度はもうひとりの男から声が掛かった。

「、おい………………」

此方の男も一見けだるそうな雰囲気なのだが、その中に何処か油断のならない何かを抱いているように感じられる。男の眼はしかし先刻の緋勇龍麻と名乗った男とは違い、七代の手許にあるカレーだけを見詰めていた。
作品名:十字路 作家名:あや