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十字路

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「突然で悪いが、お前が今、食ってるのは、何だ…………? 普通に、この店のメニューに載ってるものか?」

そう言う男の表情はいやに険しい。謎の空気にやや圧されながら、とりあえず七代は頷いた。

「これは…………、普通に、本日のオススメ出来ないカレー、ですけど、」
「オススメ出来ない?」
「えっ、誰がオススメ出来ないの? 店主さん? なのにメニューにあるの? ていうかオススメされてないのにきみはよりによってコレを頼んだの?」
「いや…………、俺はいつもこれなので」
「、いつも?」
「甲太郎の仲間、発見」
「よし……、俺もそれをもらおう」
「わあ、言うと思ったけど」

ふたりはそれぞれの抑揚で口々に言い。
まるで七代と待ち合わせでもしていたかのようにすんなりと、同じテーブルについた。何故彼らは一言くらい先客である己に対し断りを入れないのだろう、問われたのなら七代とて快く承諾したものを。
そう思いながらも七代は何となく脱力し、常連客として、一見客のふたりの為にカレーを注文してやる事にした。ひとつは希望通り、七代と同じものを。もうひとつは、壇燈治御用達のオススメを。
単に、眼前であれやこれやと手際悪くされるのが面倒なだけだったのだが、ふたりからは一様に感心したような顔をされ。七代はどう反応したものかと少し困惑してしまった。





奇行の男が緋勇龍麻、カレーの男が皆守甲太郎というそうで。
七代もとりあえず名乗りを返すと、龍麻はすぐにどういう漢字を書くのかと訊ね、その隣で皆守が嘆息を落とす。それを問うのがこの男のくせなのだと、皆守はそれとなく七代へ呟いた。

「ふうん……、千に鐘馗の馗、ねえ…………、絶対に病気が近付いて来なさそうな名前だなあ、きみ、風邪とかは引く?」

名を名乗った時、未だそんな事を言われた経験が無い。やや面喰った七代は一拍遅れで首を傾げる。

「…………まあ、人並みには」
「名前負けなのかなあ? そういう願いを込めて、の名前なのかも知れないね」

知らないんですよ、親の顔とか見た事が無いんで

七代はそう応えようとして、寸手で喉の奥へ押し遣った。別段隠す事では全く無いのだが、初対面の相手との食事の席で話すには恐らく、甚だ適当でない話題だろう。

「で。きみのその眼だけど…………、ほんとに変わってるね」

運ばれてきたカレーを受け取りながら、龍麻はまた興味深そうに七代の眼を見詰めた。
龍麻の眼差に何ら影は無い。のだが。そう言う龍麻の眼は決して秘法眼では無いのである。
『同類』でもない人間に一目でそう問われた事も今までに無かったので、七代は念の為に訊ねてみた。もう、終わった、終わらせた事だけれど。

「…………緋勇、さん、もしかして、花札関係、の?」

言うと。龍麻の表情に僅かな亀裂が入った。妙な威圧。七代の皮膚が粟立つような感覚に襲われる。

「、はなふだァ?」
「いや……、別に、違うならいいですけど。ていうか、違ってなくてもまあ、もうどっちでも」

七代にはこの男の表情の意味も、途端噴出した威圧が何なのかも、全く判らない。手許のスプーンを指の背でくるりと回して、龍麻は眼を眇める。

「七代君、まさか、きみ…………、あの髭で顎に傷があって派手で悪趣味なおっさんと、
 知り合いなわけじゃ、ないよねえ?」
「おっさん、ってお前と同じ歳だろうが」

同じく運ばれてきたカレーに集中していた皆守がひとこと挟む。

「同じであってたまるか」
「相変わらず唯我独尊だなお前は」
「悪い事は言わないから七代君、あんな男に関わるのは止めといた方がいいよ? あらゆる意味で七代君の為になんないから、ね。まだ若いんだからわざわざ好き好んで人生棒に振る事無いって」

何かかわいそうなものでも見るような眼で龍麻は七代を見ている。

「………………いや、そういう知り合いに、心当たりはない、す、けど」
「無いの?そりゃ良かった」
「や、うん、こっちももういいです、何でも」

どうやら彼らは花札の事を何も知らないらしかった。しかしどちらとも、纏う空気が常人のそれのような色をしていないので、それはそれでなにものなのか気にはなるのだが。

「きみのその眼は何ていうの?」

問われ、秘法眼に関してかの組織は口外法度を定めていただろうかと七代は考える。
けれど任務内容の守秘義務ですら一日も守らなかった己である。それに加え、組織に属しているとは言え、別段そこから何の恩恵を得たでも無く。そこへ属す人々を確かに七代は愛してはいたが組織そのものを愛しているわけでは当然無かったし、自覚も責任もあまりあるとは言えなかったので、
そこまで迷いはせずに七代は口を開いた。

「秘法眼…………、って、言うらしい、です。珍しいのは珍しいけど、俺の他に同じ眼が居ないわけじゃないし」
「へえ」

龍麻は、ひほうがん、と、初めて耳にする外国語のように、受け取った単語を口の中で繰り返した。

「きみのその眼には、何が見えるの?」

ああ、この男も己の眼を恐れない。そうして笑いもしない。
七代の浮かべた薄い笑みがほんの少しだけ、苦く、深くなる。

「ひとではない、色んなもの、が、ちょっと」
「へええ」

龍麻は、絵本を読んでもらう子供のような顔をしている。

「きみだけに見える色があるんだねえ。きみに見える世界の色はどんななんだろうな。 俺も特殊な眼をひとつ知ってるけど、あの子も世界が違った色に見えてたのかなあ? そういえば訊いてみた事も無かった。その眼の事を本人と詳しく話した事も無かったなあ」

そう口にする緋勇龍麻の声音はひどく深く、柔らかく、静かで、緑の色をした森を思わせた。分け入っても分け入ってもただただ深く先が見えず、埋没させられてしまいそうに圧倒的な、息苦しい程の深い森。あまりにも鼓膜へ抵抗無く染み通り過ぎる。
何か暗示でもかけられてしまうのではないかと不安を感じる程に。

この男は
本当に人間なのだろうか
札から零れたものとも、地の氣が凝って出来た神の使いとも違う、けれど
こんな人間を見たことがない

七代は、ほんの少しだけ視線にちからを集めて龍麻を見詰めてみた。先刻不思議だと思ったあの黒い眼が一瞬、黄金色に閃いて見えたのは気の所為だったのだろうか。
僅かのあいだ七代の時間は停止したのだが、視界の中で黙々とカレーを食べている皆守甲太郎の姿にふと気付いて我に返る。

「このスパイスの比率は…………、」

やや驚愕したように何か呟いているのだが独り言らしく、聞かせるつもりが無い言葉なので此方の耳には拾えない。富樫花子刑事と同じ人種なのだろうかと思う。
妙に恭しげな所作でカレーを食べながら、皆守はひとくちごとに唸ったり頷いたり考え込んだりしていた。

「カレー…………、好き、なんですね」

皆守本人ではなく(皆守に話し掛けると邪魔になりそうな気がしたので)龍麻へ向かって言うと、龍麻は笑いながら皆守の頭を撫でた。
作品名:十字路 作家名:あや