十字路
「いいよいいよ、早く行って。此方こそ、色々とお世話になっちゃって有難うね、おもしろかったよ」
「こっちもお陰さまで。御存知の通り俺は常連なので、もしかしたらまた会えるかも」
七代がそう言うと、皆守も唇を緩めた。
「そう、だな、一度きりにするには惜しいカレーだしな」
何とも不思議なふたりの男に七代は笑って手を振り。カルパタルに代金を支払う。
そうして店を出ようとしたところで、ひとつ大事な事を言い忘れていたと七代は思い出し。慌てて首を振り向かせる。どうやら七代が出るのを見送ってくれていたらしく、ふたりとも此方を見詰めていた。
「あっ、そうそう、皆守さん!」
呼ばれた当人は何事かとやや驚いたように眼を見開いている。
「カレー鍋、有難う御座いました! 今は大事に仕舞ってあるんですけど、今度あれでカレー作ってみんなで食おうかって言ってたんです、その時は是非皆守さんも!」
勿論、店の味には劣るのだろうけれど
そう付け加えて。言うだけ言った七代は相手の返事を待たず、さっさと店を後にした。
茫然とした表情の皆守が店に取り残される。
その傍らで。当人でないが故に当人よりも早く状況を理解した龍麻がくつくつと笑い始めた。
「ええっと…………、じゃあ、何? 今の子が、お前の言ってたエージェントってわけ?
いつも迅速にお前の出した依頼を正確にこなしてくれるって、それが七代君? 世間の狭さが猫の額どころじゃないっていうか、向こうは気付いたみたいだけど……甲太郎は全然気付かなかったの?」
ねえ、カレー仙人さん?
龍麻がその名を口にすると、皆守の頬がぴくりと痙攣した。
「お、前、がっ、やたらに個人情報を漏洩するからだろう、がっ! カレーの勉強の為に外国行ってたとか何とか、お前が余計な事を言うからだ! やりにくくなったらどうしてくれる!」
「自分の惚気の為にあんな若い子働かせておいて、いい言い草だなあ」
「惚気てないし、俺はちゃんと報酬を支払ってる!」
「うーん、まあ、あの子なら別に、変わらず仕事受けてくれそうな気がするけど。色々難しそうな感じはするけど、基本的にいい子っぽいし」
龍麻はのんびりと笑っている。皆守にはそれが心の底から憎らしい。
今度みんなで、と七代千馗は言っていた。もしかしてその誘いは己が信頼の証として教えたあのアドレスに宛てて送られてくるのだろうか。
「……………それはいいが、他の人間にあいつはどうやって俺を紹介するつもりなんだ、くそ、まさかカレー仙人じゃないだろうな…………」
「お前が変な名前つけるから駄目なんじゃん」
頭を抱えている皆守を軽く笑い飛ばして。それから甚だ柔らかく埋め合わせのように肩を抱き寄せる。
「ま、その時はまた、俺が付いてってやるからさ。だいじょうぶ。甲太郎は俺の猫だから、飼い主の俺がついてくのは当然だろ?」
パイプを挟んだ手でもって飼い主の掌をぱしりとはたき落とし、猫はふん、と吐き捨てた。
「お前はあいつが気に入ったからついて行きたいだけだろうが」
「あはは。さすが、甲太郎」
深く深く嘆息して。
確かに己の信頼したエージェントは悪い男ではなかったと、仙人は彼の顔を思い返した。