地の底の湖
『地の底の湖』
蒸し暑い地下道の中を、マイケルは落ち着き無く歩き続けていた。
表の音は、今は聞こえない。
それはウィスラーが現在、殴られていないであろうことを伝える。
ただ、その理由がリンチの小休止なのか、それともウィスラーが殴る価値のない肉塊になってしまったからかのかは、扉のこちら側にはわからない。
ウィスラーの死は、マイケルにとって計画の失敗を意味する。
だがそのこと以上に、人の命を見捨てるような真似をすることは、マイケルの心の安定を奪った。
マイケルのつま先が、また扉の方を向き、せわしなく歩み始めた。
マホーンはその真横に立ち、抱きとめるようにマイケルの上半身を腕で遮った。
マイケルは一度、びくりと身をすくませ、それからマホーンを俯きがちに睨んだ。
目の色は相変わらず冷えた水の様だったが、その眼球の表面は船底で揺れる水の様に揺れている。
沈没まであと少し。
マホーンにはそう思えた。
「落ち着け。あいつらも、そう簡単にウィスラーを殺すような真似はしない。」
何を根拠に、と小さく掠れた声が訊ねた。
マイケルの目は、それでもマホーンを視界から外さなかった。
「お前も俺も、ここに、この扉の内側にいる。見せしめたいなら、目の前で殺す。」
それがおそらく、ここの作法と言うものだ、とマホーンは扉の外を見通す目で続けた。
マイケルは目をわずかに見開き、そしてより一層俯いて、扉に背を向けた。
驚異的な理解力、論理的思考能力、記憶力を持っていたとして、経験は補えない。
マイケルは、こういった状況での経験値という点で、明らかに今、この場にいる誰よりも劣っていた。
不遇な少年時代を送っていたのは確かだが、兄が尽力したお陰で、ハイティーンになった頃からはかなり落ち着き、一般的どころか恵まれた生活を送っている。
こんな風に、当たり前に人が人を傷つけ殺す世界は、恐らくTVニュースやドキュメンタリーの中にしか存在しなかっただろう。
俺とは違う。
つらつらと過去に調べ上げたマイケルの経歴を思い浮かべながら、マホーンは目の前で丸くなっている背を見つめていた。
人の命を奪うことに、なんの感慨も無い訳ではない。
けれど、それにいちいちかかずらっていられるような余裕は、今はない。
「マイケル。」
振り向いたマイケルの目は、涙がいっぱいに溜まっていた。
蒸し暑い地下道の中を、マイケルは落ち着き無く歩き続けていた。
表の音は、今は聞こえない。
それはウィスラーが現在、殴られていないであろうことを伝える。
ただ、その理由がリンチの小休止なのか、それともウィスラーが殴る価値のない肉塊になってしまったからかのかは、扉のこちら側にはわからない。
ウィスラーの死は、マイケルにとって計画の失敗を意味する。
だがそのこと以上に、人の命を見捨てるような真似をすることは、マイケルの心の安定を奪った。
マイケルのつま先が、また扉の方を向き、せわしなく歩み始めた。
マホーンはその真横に立ち、抱きとめるようにマイケルの上半身を腕で遮った。
マイケルは一度、びくりと身をすくませ、それからマホーンを俯きがちに睨んだ。
目の色は相変わらず冷えた水の様だったが、その眼球の表面は船底で揺れる水の様に揺れている。
沈没まであと少し。
マホーンにはそう思えた。
「落ち着け。あいつらも、そう簡単にウィスラーを殺すような真似はしない。」
何を根拠に、と小さく掠れた声が訊ねた。
マイケルの目は、それでもマホーンを視界から外さなかった。
「お前も俺も、ここに、この扉の内側にいる。見せしめたいなら、目の前で殺す。」
それがおそらく、ここの作法と言うものだ、とマホーンは扉の外を見通す目で続けた。
マイケルは目をわずかに見開き、そしてより一層俯いて、扉に背を向けた。
驚異的な理解力、論理的思考能力、記憶力を持っていたとして、経験は補えない。
マイケルは、こういった状況での経験値という点で、明らかに今、この場にいる誰よりも劣っていた。
不遇な少年時代を送っていたのは確かだが、兄が尽力したお陰で、ハイティーンになった頃からはかなり落ち着き、一般的どころか恵まれた生活を送っている。
こんな風に、当たり前に人が人を傷つけ殺す世界は、恐らくTVニュースやドキュメンタリーの中にしか存在しなかっただろう。
俺とは違う。
つらつらと過去に調べ上げたマイケルの経歴を思い浮かべながら、マホーンは目の前で丸くなっている背を見つめていた。
人の命を奪うことに、なんの感慨も無い訳ではない。
けれど、それにいちいちかかずらっていられるような余裕は、今はない。
「マイケル。」
振り向いたマイケルの目は、涙がいっぱいに溜まっていた。