歪み、その1。
こんな夜に散歩だなんて、珍しい事もあるもんだ。
僕は自嘲しながら、学園の周囲を歩いていた。
多分、何か胸騒ぎがしていたんだと思う。
その胸騒ぎの原因は。
どこからとも無く聞こえる銃声か。
それとも。
「…」
僕は出会ってしまった。
地面に大の字に寝転がる青年。
年は僕より少し上だろう。
尤もこの世界に年齢など、意味の無い代物に過ぎないが。
ここで寝転がっているという事は、新しい人間だろう。
NPCは規則正しく生きている。
こんな風に夜遅くに学園の芝生で寝転がるNPCなどいない。
僕は放置しようと思った。
ここに放置しておけば、どうせ、SSSとやらが拾うか、
勝手に消滅するかするだろう。
その時、風が吹いた。
僕は帽子が飛ばされないよう、帽子を押さえる。
雲に隠れていた月が見えた。
月明かりに照らされたそいつが何故か、
幼い頃、大切にしていたぴかぴかに光るビー玉を思い出させた。
「…僕は力仕事は嫌いだ」
そう呟くと、僕は何故か、そいつをずるずると引っ張って、寮の自分の部屋に連れて行った。
本当に何故、そのような真似をしたのか、わからなかった。
「…うわっ…」
ベッドに寝かせていたそいつが勝手に目を覚ました。
そいつを運んできた僕は制服からシャツに着替えていた。
そして、椅子に座って、ただ淡々と動揺しているそいつを見ていた。
「あれ?ここは…?」
「…」
「俺は…、えっと…あっ」
漸く、そいつはこの僕を見た。
「あんたが助けてくれたのか?」
「僕はただここにお前を連れてきただけだ」
「そうか…、ありがとう…って、俺、何で、こんなところにいるんだ?確か…」
そいつは何かを話そうとするが、いつまで経っても口から何も出ない。
どうやらこの世界でよくあるパターン。
記憶喪失で来てしまった様だ。
動揺するそいつを放置して、僕は買っておいた缶コーヒーを飲む。
自分で淹れた方がマシだった。
一口飲んで、そいつに缶コーヒーを渡す。
「飲みかけなんだけど…」
「いらないのか?」
「いや…その、俺、えっと…」
「捨てるぞ」
僕はそいつから缶コーヒーを奪おうとしたが、そいつは一気に缶コーヒーを飲んだ。
「落ち着いた…ありがとう」
「…ふん」
僕は空っぽになった缶を受け取り、ゴミ箱に捨てた。
「えっと、俺の名前は…なんだ?」
「それすらも覚えていないのか?」
「ちょっと待ってくれ…えっと…」
そいつは頭を抱えて思い出そうとする。
数秒経過して、出てきた名は。
「お、音無…」
名字だけだった。
「下は思い出せないのか?」
「…ああ」
「そうか。音無」
音の、記憶の無い青年の名字。
何故か、相応しいと思った。
「えっと、あんたの名前は?」
僕はベッドに半身だけ起こしている音無に近づく。
「ちょ、俺、そんな趣味無い…」
誤解しているようだが、好都合だった。
「直井文人」
僕は音無の耳元でそう囁いた。
音無は愛の告白を受けたかのように顔を真っ赤に染めて、こう言ってくれた。
「綺麗な、名前だ」
「…以上がこの世界のシステムだ」
僕は音無にこの世界の、死後の世界のシステムについて教えた。
案の定、音無は疑いの眼差しで僕を見ている。失礼な奴だ。
「だって、俺、現に生きているし」
「ほう、だったら死んでみるか?」
僕はポケットに常備している拳銃を取り出し、音無に向けた。
「あ、えっと…本物?」
音無は両手を上げている。
面白い男だった。
「本物だ。安心しろ、撃たれても数時間経過すれば生き返る」
「痛い…よな」
「死んだ方がマシなぐらい痛いぞ」
「勘弁してくれ…」
「僕も自分の部屋が汚れるのは嫌だからな。
生き返るかの実験は、出来れば、外でやってくれ」
僕は拳銃を仕舞った。
音無はほっと息を吐き出していた。
「直井…その、ありがとうな」
「直井さまと呼べ」
「…ギャグ?」
「やはり、実験するか?」
「痛いのは嫌なので、勘弁して下さい、直井さま」
「ふっ、あはははは!」
僕は腹を抱えて笑った。
何故だろう。
この男は僕を安堵させる。
「冗談は抜きにして、直井さまは呼びにくい」
「では、副会長でいい。僕はこの学園の生徒会副会長をしている」
「道理で、説明に淀みがなかったんだな、手馴れている感じがした」
「…」
この男は頭がいいのかもしれない。
けれど、この世界で頭がいいのは不幸の始まりかもしれないが。
「副会長、その…俺はどうしたらいいんだ?」
「転生したければ、真面目に授業を受けろ。そうすれば、転生できる」
「でも、この世界に俺の居場所なんて…」
「この世界に来た時点で、居場所はある。お前のクラスも友達も存在しているぞ。仮初だがな」
「副会長も友達いるのか?」
「ふっ、僕は神だ。そんなものは必要ない」
「…副会長、バカ?」
「一度、死ぬか、音無?」
「…ごめんなさい」
音無は頭を下げた。
どうもこの男を屈服させるのは予想以上に楽しかった。
このままNPCと一緒に授業を受けさせて、消滅させるのは…何故か惜しい気がした。
「それで、音無、どうする?」
「どうするって言われても、記憶が無いから…決めようがない…」
音無は目を細めて、寂しそうな表情をした。
「なら、しばらくは僕の補佐をしろ」
「副会長の?」
「そうだ。僕はなかなか多忙なんだ、お前に補佐を命令する。有難く思え」
「なんか、面倒事を押し付けられている気がする」
「賢いな、音無。そう面倒事は全てお前に押し付ける」
「…俺、転生するわ」
「そうか、虫けらになりたいのか」
「え?」
音無は嫌そうに僕を見る。
「バカか貴様は。転生後の自分がまた人間になれると思っているのか?」
「…なれないのか?」
「僕は実験した事が無いからわからない。けれど、人間になれる保証も無い」
音無は盛大にため息を吐いた。
「もう少し考えてみる」
「では、貴様は今から僕の家来だ。有難く思え」
「…いや、そこはいらない」
「寝ろ、音無。今日は疲れただろう」
「あ、俺、ベッドから出るわ。このベッド、副会長のだろう」
「当然だ、この僕に床で寝させるつもりか」
「…」
音無はベッドから出る。
「そういえば、俺、何で、こんな格好をしているんだ?」
音無は自分の服装に疑問を持つ。
上着だけはハンガーにかけたが、シャツやズボンは脱がせていない。
音無の格好は先ほどまで僕が着ていたものと同じ。
この学園の制服だった。
「この世界に来ると自動的にこの学園の制服を着させられる」
「流石にこの格好で寝るのは…」
「面倒な男だ」
僕はクローゼットから、白いシャツとズボンを渡す。
大きめに作られたものだから、音無が着ても余裕だろう。
音無は僕に礼を言って着替える。
音無の体は意外と筋肉質だった。
生前は何か力仕事かスポーツ等をしていたのかもしれない。
「えっち」
僕の視線に気づいた音無が呟く。
「視界に入るんだ」
「…まぁ、男同士だからいいけど」
誤解はまだ続いていた。
着替え終わった音無は空いている床に寝転がる。
代わりに僕がベッドに入る。
先ほどまで音無が寝転がっていた為か、温かい。
けれど、不快ではなかった。
音無はやはり疲れていたらしい。
すぐに寝息が聞こえた。
僕は音無の体に毛布をかけてやった。
僕は自嘲しながら、学園の周囲を歩いていた。
多分、何か胸騒ぎがしていたんだと思う。
その胸騒ぎの原因は。
どこからとも無く聞こえる銃声か。
それとも。
「…」
僕は出会ってしまった。
地面に大の字に寝転がる青年。
年は僕より少し上だろう。
尤もこの世界に年齢など、意味の無い代物に過ぎないが。
ここで寝転がっているという事は、新しい人間だろう。
NPCは規則正しく生きている。
こんな風に夜遅くに学園の芝生で寝転がるNPCなどいない。
僕は放置しようと思った。
ここに放置しておけば、どうせ、SSSとやらが拾うか、
勝手に消滅するかするだろう。
その時、風が吹いた。
僕は帽子が飛ばされないよう、帽子を押さえる。
雲に隠れていた月が見えた。
月明かりに照らされたそいつが何故か、
幼い頃、大切にしていたぴかぴかに光るビー玉を思い出させた。
「…僕は力仕事は嫌いだ」
そう呟くと、僕は何故か、そいつをずるずると引っ張って、寮の自分の部屋に連れて行った。
本当に何故、そのような真似をしたのか、わからなかった。
「…うわっ…」
ベッドに寝かせていたそいつが勝手に目を覚ました。
そいつを運んできた僕は制服からシャツに着替えていた。
そして、椅子に座って、ただ淡々と動揺しているそいつを見ていた。
「あれ?ここは…?」
「…」
「俺は…、えっと…あっ」
漸く、そいつはこの僕を見た。
「あんたが助けてくれたのか?」
「僕はただここにお前を連れてきただけだ」
「そうか…、ありがとう…って、俺、何で、こんなところにいるんだ?確か…」
そいつは何かを話そうとするが、いつまで経っても口から何も出ない。
どうやらこの世界でよくあるパターン。
記憶喪失で来てしまった様だ。
動揺するそいつを放置して、僕は買っておいた缶コーヒーを飲む。
自分で淹れた方がマシだった。
一口飲んで、そいつに缶コーヒーを渡す。
「飲みかけなんだけど…」
「いらないのか?」
「いや…その、俺、えっと…」
「捨てるぞ」
僕はそいつから缶コーヒーを奪おうとしたが、そいつは一気に缶コーヒーを飲んだ。
「落ち着いた…ありがとう」
「…ふん」
僕は空っぽになった缶を受け取り、ゴミ箱に捨てた。
「えっと、俺の名前は…なんだ?」
「それすらも覚えていないのか?」
「ちょっと待ってくれ…えっと…」
そいつは頭を抱えて思い出そうとする。
数秒経過して、出てきた名は。
「お、音無…」
名字だけだった。
「下は思い出せないのか?」
「…ああ」
「そうか。音無」
音の、記憶の無い青年の名字。
何故か、相応しいと思った。
「えっと、あんたの名前は?」
僕はベッドに半身だけ起こしている音無に近づく。
「ちょ、俺、そんな趣味無い…」
誤解しているようだが、好都合だった。
「直井文人」
僕は音無の耳元でそう囁いた。
音無は愛の告白を受けたかのように顔を真っ赤に染めて、こう言ってくれた。
「綺麗な、名前だ」
「…以上がこの世界のシステムだ」
僕は音無にこの世界の、死後の世界のシステムについて教えた。
案の定、音無は疑いの眼差しで僕を見ている。失礼な奴だ。
「だって、俺、現に生きているし」
「ほう、だったら死んでみるか?」
僕はポケットに常備している拳銃を取り出し、音無に向けた。
「あ、えっと…本物?」
音無は両手を上げている。
面白い男だった。
「本物だ。安心しろ、撃たれても数時間経過すれば生き返る」
「痛い…よな」
「死んだ方がマシなぐらい痛いぞ」
「勘弁してくれ…」
「僕も自分の部屋が汚れるのは嫌だからな。
生き返るかの実験は、出来れば、外でやってくれ」
僕は拳銃を仕舞った。
音無はほっと息を吐き出していた。
「直井…その、ありがとうな」
「直井さまと呼べ」
「…ギャグ?」
「やはり、実験するか?」
「痛いのは嫌なので、勘弁して下さい、直井さま」
「ふっ、あはははは!」
僕は腹を抱えて笑った。
何故だろう。
この男は僕を安堵させる。
「冗談は抜きにして、直井さまは呼びにくい」
「では、副会長でいい。僕はこの学園の生徒会副会長をしている」
「道理で、説明に淀みがなかったんだな、手馴れている感じがした」
「…」
この男は頭がいいのかもしれない。
けれど、この世界で頭がいいのは不幸の始まりかもしれないが。
「副会長、その…俺はどうしたらいいんだ?」
「転生したければ、真面目に授業を受けろ。そうすれば、転生できる」
「でも、この世界に俺の居場所なんて…」
「この世界に来た時点で、居場所はある。お前のクラスも友達も存在しているぞ。仮初だがな」
「副会長も友達いるのか?」
「ふっ、僕は神だ。そんなものは必要ない」
「…副会長、バカ?」
「一度、死ぬか、音無?」
「…ごめんなさい」
音無は頭を下げた。
どうもこの男を屈服させるのは予想以上に楽しかった。
このままNPCと一緒に授業を受けさせて、消滅させるのは…何故か惜しい気がした。
「それで、音無、どうする?」
「どうするって言われても、記憶が無いから…決めようがない…」
音無は目を細めて、寂しそうな表情をした。
「なら、しばらくは僕の補佐をしろ」
「副会長の?」
「そうだ。僕はなかなか多忙なんだ、お前に補佐を命令する。有難く思え」
「なんか、面倒事を押し付けられている気がする」
「賢いな、音無。そう面倒事は全てお前に押し付ける」
「…俺、転生するわ」
「そうか、虫けらになりたいのか」
「え?」
音無は嫌そうに僕を見る。
「バカか貴様は。転生後の自分がまた人間になれると思っているのか?」
「…なれないのか?」
「僕は実験した事が無いからわからない。けれど、人間になれる保証も無い」
音無は盛大にため息を吐いた。
「もう少し考えてみる」
「では、貴様は今から僕の家来だ。有難く思え」
「…いや、そこはいらない」
「寝ろ、音無。今日は疲れただろう」
「あ、俺、ベッドから出るわ。このベッド、副会長のだろう」
「当然だ、この僕に床で寝させるつもりか」
「…」
音無はベッドから出る。
「そういえば、俺、何で、こんな格好をしているんだ?」
音無は自分の服装に疑問を持つ。
上着だけはハンガーにかけたが、シャツやズボンは脱がせていない。
音無の格好は先ほどまで僕が着ていたものと同じ。
この学園の制服だった。
「この世界に来ると自動的にこの学園の制服を着させられる」
「流石にこの格好で寝るのは…」
「面倒な男だ」
僕はクローゼットから、白いシャツとズボンを渡す。
大きめに作られたものだから、音無が着ても余裕だろう。
音無は僕に礼を言って着替える。
音無の体は意外と筋肉質だった。
生前は何か力仕事かスポーツ等をしていたのかもしれない。
「えっち」
僕の視線に気づいた音無が呟く。
「視界に入るんだ」
「…まぁ、男同士だからいいけど」
誤解はまだ続いていた。
着替え終わった音無は空いている床に寝転がる。
代わりに僕がベッドに入る。
先ほどまで音無が寝転がっていた為か、温かい。
けれど、不快ではなかった。
音無はやはり疲れていたらしい。
すぐに寝息が聞こえた。
僕は音無の体に毛布をかけてやった。