歪み、その1。
無意味な行為だと思ったけれど、何故かそうしていた。
こいつといるとどうも意味不明な行動をしてしまう。
でも、そんな自分が、嫌いになれなかった。
目を開けると、もう朝だった。
まだ眠い。
寝たいところだったが、一応、模範生として僕はこの学園に存在している。
眠気をコーヒーで飛ばそうとして、起き上がり、ベッドを出る。
ふと床を見ると、音無がまだ寝ていた。
「うっ…はぁ…」
うなされている様だった。
「起きろ、音無」
僕は音無の耳元で囁く。
音無の目が開いた。
「あ、俺、今…」
「かなりうなされていた。記憶、取り戻せたのか?」
「いや…思い出せない」
「そうか」
僕はそれだけを呟き、コーヒーを淹れる。
自分の分だけでよかったのに何故か多めに淹れていた。
「飲め」
僕はコーヒーを音無に渡す。
「あ、ありがとう…、それと毛布、起こしてくれたのも…」
「ただの気まぐれだ」
「副会長、実は優しいのか?」
「さあな」
僕はコーヒーを飲む。
やはり自分で淹れた方が美味かった。
音無もコーヒーを飲む。
「美味い…」
「当然だ。この僕が淹れたんだぞ」
「あ、腹が減った…」
「食事にするか、学食に行くぞ、音無」
僕はシャツを脱ぐ。
音無は視線を逸らしていた。
「いい心がけだ、音無」
「いや、何故か、見ていたら、殺されていた気がした…」
「その勘、大事にしろ。この世界で生き残るには必要だ」
「この世界って、そんな殺伐とした世界なのか?」
「まぁ、生き方次第ではな」
「???」
「音無、お前も着替えろ、服はあるだろ」
「ああ」
音無も制服に着替える。
身支度を済ませると、僕と音無は部屋を出た。
学食は朝という事もあり、混雑してた。
食券売り場への列に並んでいる間に僕は音無に食券の買い方を教える。
「お金、あるんだな…」
「この世界では普通に暮らしていれば支給される」
「普通に暮らさない方法もあるのか?」
「それは追々わかる」
「?」
音無は首を傾げた。
しばらくして、音無が食券売り場の前に立つ。
「何がお勧め?」
「どれも均等にまずい」
「…」
音無は納豆定食の券を購入していた。
僕も同じ券を購入した。
そして、券を食事に変える。
席は偶然、空いた席に座った。
向かいに音無が座る。
「いただきます」
音無はきちんと手を合わせてから食べていた。
「いただきます」
僕も何故かそれに合わせた。
「それ程まずくないと思うけど…」
音無が鮭を食べながら呟く。
「僕が作った方が美味い」
「あ、副会長、料理が出来るんだ」
「当然だ。僕は神だぞ」
「…神、関係ない気がするけど…。でも、食べてみたい」
「気が向いたらな」
不思議と面倒だとは思わなかった。
作ってやってもいいと何故か、僕は思った。
惹かれているのだろうか。
ただの人間に。
…くだらない。
単なる遊びだ。こんなのは。
「で、これからどうするんだ?」
「授業を受ける」
「俺、クラス、わからないんだけど」
「適当に入ればいい」
「副会長と同じクラスがいい」
「なら、そう願え。ついでに僕の隣に座りたいとも思え」
「それで叶うのか」
「ああ」
「教科書とかは?」
「机にある」
「本当に都合のいい世界なんだな…」
「音無、お前はしばらくこの世界にいたいのだな?」
「ああ、少なくとも記憶が戻るまでは」
「なら、決して教師の言葉に耳を傾けるな」
「え?」
「真面目に受ければ、即消滅だ」
「そうなのか…。でも、普通にしていれば聞こえるし」
「僕が話し相手になってやる」
「いいのか?」
「いい。僕も消えるわけにはいかないからな」
「副会長はどうしてこの世界に留まっているんだ?」
「秘密だ」
「気になる」
音無はじっと僕を見つめる。
目が綺麗だった。
「教えない」
「残念だ。デザート、奢るから教えてくれない?」
「馬鹿にしているのか、貴様は」
「してない、してない」
音無は無邪気に笑った。
それだけで怒る気が失せた。
「さっさと食べろ。授業に間に合わなくなるぞ」
「あ、わかった」
僕と音無は急いで食べて、食器を返却口に置くと、教室に急いだ。
教室に入るとクラスメイトという名のNPCが僕に挨拶をしてくる。
「おはよう、直井君」
「おはようございます」
「直井君、宿題やってきた?」
「ええ、やってきました。どこかわからないところがあれば、教えますよ」
「…誰?」
それを呟いたのはNPCじゃない。
音無だった。
「嫌だな。音無君。僕だよ」
「…怖いんですけど」
僕は音無の足を思い切り踏む。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「ほら、授業が始まるよ、音無君。僕の隣に座って」
僕は着席する。
「ふ、副会長…ひでぇ…」
音無はふらふらと歩いて、僕の隣の席に座った。
そして、教師という名のNPCが入ってくる。
授業が始まった。
音無がいても、授業風景に変わりは無い。
音無は自然にそこに収まっていた。
自然じゃないのは音無本人だ。
先ほどからずっと首を傾げている。
『音無、自然にしていろ』
僕はノートの片隅にそう書いて、音無に見せる。
『副会長、無理。だって、見知らぬクラスに見知らぬ人間の中で勉強って…なんか嫌だ』
『仕方ないだろ。脱走すれば、僕と敵対する事になるぞ』
『え?』
音無が僕を見る。
不安げで、寂しそうな表情だった。
『僕を見るな。前を見てろ。でも、教師の話は聞くな』
『無茶な注文を…。でも、敵対って?』
『僕は生徒会副会長だ。模範に反する生徒は罰せねばならない』
『模範に反しているような気がするんだけど…。副会長自身』
『殺して欲しいのか?』
『あ、すみません…』
『とにかく、授業は絶対聞くな』
『ああ。でも、そうなると退屈だな…。副会長、ずっと話していてもらっていいか?』
『構わない』
『ありがとう』
僕と音無は他愛のない事をずっとノートの隅に書き続けた。
休み時間。
音無はぐったりしていた。
「音無君、大丈夫かい?」
NPCの手前、僕は優しく声をかける。
「こえぇぇ…」
音無が怯えた表情で僕を見た。
「あっはっは、何を怯えているのかな、音無君は?」
僕はNPCに見えないよう、音無の手をつねる。
「ぐがががががが!!」
音無が悶絶した。
「全く、あと5時間あるんだぞ」
僕は音無の耳元で囁く。
「限界。無理。サボりたい」
「根性無しが…」
「保健室、行ってもいいか?」
「駄目だ、あそこは乗っ取られてる」
「え?誰に?」
「いつかわかる。とりあえず、辛いなら、目を開けながら、寝てろ」
「無理」
「なら、僕が話し相手になってやろう」
「…」
「どうした?」
「副会長は俺に優しいな。どうしてだ?」
「…単なる暇潰しだ」
そう、それだけだ。
「…」
「どうした?」
「俺、これの人じゃないんだけどな…」
音無は頬に手をかざした。
「何だそれ?」
「いや、わからないなら、いい。結構、副会長、純情だな」
「あっはっは、音無君は何を言っているのかな?」
僕はNPCに見えないよう、音無の耳を引っ張る。
「でぇぇぇぇぇぇ!!」
音無が悶絶した。
6時間目終了。
音無は何度もへばりそうになったが、何とか頑張って、授業を受ける振りをしてサボっていた。
言葉としては矛盾のような気がしないでもない。