歪み、その1。
「終わったー!!副会長、どうする?」
「仕事だ、来い」
「あ、するの?」
「しばらくすると球技大会がある。それの打ち合わせが入っている」
「…意外と普通のイベントがあるんだな」
「ここは一応、学園だからな」
「ふーん…」
音無がじっと僕を見つめた。
「とにかく来い。下僕」
「家来から格下げかよ…」
僕は音無の手を引いて、生徒会室に向かった。
生徒会室は物が隅に乱雑している。
テーブルが中央に置かれ、それを囲むように椅子が置かれている。
特に視界に入れる必要がないものばかりに溢れた、ごく普通の生徒会室だ。
椅子の一つに誰かが座っていた。
「ご苦労様、直井君」
銀色の髪の小さな少女だった。
「誰?」
音無が僕の肩をつつく。
僕が紹介する前に向こうが先に口を開いた。
「立華奏。よろしく、音無君」
「え、あ、よろしく…」
立華奏、天使が頭を小さく下げると、音無も小さく頭を下げた。
「って、何で、俺の名前を知っているの?」
「生徒会長だから」
「え?」
「生徒会の名簿に既に音無君の名前は記載されているから」
「い、いつの間に…」
「僕が君を補佐として任命した時点で」
僕は丁寧な口調で音無に説明する。
まだ慣れないのか、音無は嫌そうな表情をした。
後で、殴ろう。
そう思っているうちに、数名のNPCが入ってくる。
会議が始まった。
くだらない内容の会議だ。
僕は口から勝手に滑り出る言葉をNPCが熱心にメモをする。
つまらない。
音無をからかっている方がよっぽど…。
何を考えているんだ、僕は。
あれはただの愚民で、僕は神なんだ。
僕は音無を見る。
真面目に会議の書類を作っていた。
「んー、本当に会議だなぁ…」
会議が終了し、解散となった。
夕焼けに照らされた廊下を僕と音無が歩く。
とりあえず、殴った。
「いてぇぇぇ!!何をするんだ、副会長」
「いい加減、NPCに対応する僕の口調に慣れろ」
「いや、無理。違いすぎて、…その、可愛い」
「はぁ!?」
「あっ…」
音無は自分で言った言葉に驚いていた。
それは僕も一緒で。
顔に熱が灯った気がした。
夕暮れ時でよかった。
こんな表情、音無に見られたくない。
「…あ、えっと、その、慣れるから…」
「ああ、そうしろ…」
僕と音無。
言葉少なく寮へと歩いた。
部屋に帰るとベッドがもう一つ増えていた。
「あれ?」
音無が首を傾げる。
「今日から音無、お前もここで暮らすんだ」
そうなるように休み時間に申請しておいた。
「いいのか?」
「構わない」
「そっか、よかった」
音無は心底安堵したようだった。
「それとこれを渡しておく」
僕は拳銃を音無に見せる。
「え、えぇぇぇぇ!!お、俺が持つのか!?」
「ああ、この世界では必要だ。奴らと戦う時がきっと来る」
「奴らって、だ…」
『生徒会メンバーに告ぐ!食堂で無許可でライブをしている奴らがいる!集合し、取り押さえろ』
突如、放送が流れた。
奴ら、また動き出したか。
僕は音無に無理矢理拳銃を持たせる。
「行くぞ、音無」
「え、俺も!?」
「喜べ、お前は立派な生徒会メンバーだ」
「嬉しくない…」
僕は音無の手を引っ張り、食堂へ向かった。
食堂の周囲は銃声が鳴り響いていた。
「え、え、え?」
「音無、僕から離れるな」
「な、これ、映画か何かか!?」
「寝ぼけた事を言うな、いいか、撃たれたら数時間は死ぬぞ!」
「こ、こんな世界、ありかよ…」
音無は呆然と目の前の風景を見ていた。
銃声は何度も何度も響き渡る。
銃を向けられているのは1人の少女。
立華奏。
天使。
天使は1人で、雨のように降り注ぐ銃弾を透明な剣で弾き返す。
「助けないと…」
「生徒会長は大丈夫だ。僕達は、この隙に、食堂に入る」
「放っておくのかよ!」
「言っておくが、助けに行ってもお前は死ぬだけだ」
「だからって、女の子があんな目に遭っているんだぞ!」
「…」
「俺、止めて…」
ひらり。
ひらり。ひらり。
ひらり。ひらり。ひらり。
雪のように舞う紙。
食券が降り注いでいた。
奴らの勝ちだった。
銃声が止む。
天使は佇んでいた。
「音無、撤退するぞ」
「なぁ、生徒会長を撃っていた連中、何だよ…」
「SSS(死んだ世界戦線)、この世界を手にしようとしている連中だ」
「えっ?」
「行くぞ、音無」
「あ、ああ…」
音無はちらりちらりと後ろを振り返りながら、僕の後をついてきた。
「…」
音無はベッドに腰をかけ、ぼんやりとしていた。
体がかすかに震えている。
「音無、休め。明日も授業がある」
「こんな世界…訳、わかんねぇよ…」
訳が判らない。
誰もが思う。
「なら、この世界を去るか?」
「あっ…」
僕は音無の頭を抱きしめた。
「ふ、副会長…?」
「転生するのも一つの手だ。僕はお前を止めない」
「…」
「どうする?」
「いや、ここにいる…」
「怖いんじゃないのか?」
「怖い…けど、こんな世界に副会長1人、置いていきたくない…」
「何を言っているのだ、貴様は」
僕は昨日までずっと1人でいた。
1人はいい。
なのに、どうしてお前はそんな事を言ってくれる。
「はは、俺もわからない。ただ、わかるのは、副会長ともっといたい」
「…」
「副会長、俺も戦う。あいつらと戦う。だから、傍に置いてくれ」
「…銃、使いこなせるようになれ」
「ああ、わかった」
音無は静かに決意した。
こうして、僕は、音無を手に入れた。
音無は僕の真なる目的を知った時、どうするのだろうか。
僕は…どうしたいんだろうか?
今は、まだ、わからない。
ただ、音無の温もりは、僕の鼓動を早めた。