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夜船

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遠くから潮騒が聞こえる。本国に居たのならば聞こえない筈の音にいつの間にか慣れていた。
 畳敷きの部屋に通され、一人主を待つ。待ちこがれている、という訳でもないが、一人で居るのはなかなか退屈だ。護衛に、と一応屋敷に辿り着くまでは連れていたが、中に入ってしまえば心配は無いと自由にさせている。
 常に自分と共にあるのは退屈であろう、というのと、自分自身が緊張した人間を傍に置きたくないという身勝手な理由だ。
 それを伝えるつもりも無いが、恐らく勝手に判断するだろう。
 しかし、と目蓋を降ろす。柔らかい光が眼球まで届き降り注いだ。屋敷の主が来るまで座ったまま寝ていても構わないだろうか。そう思ってしまう程に何もする事が無い。
 通り抜ける風は生温く、外の気温が高い事を感じさせる。こういう日は日がな部屋で書類でも捌いていたい。
 土佐くんだりまで足を運んだ自分を悔やむというより、呼ばれて素直に行こうという気になった事の方が不思議であった。
「おう、すまねぇな待たせた待たせた」 
 着いてからどれ程待ったのか数えてはいない。いないが、この大らかに過ぎる男が
「待たせた」と感じる程には待ったらしい。
 戦装束よりも露出が少ない、この着流しの姿もすっかり見慣れてしまった。着付けの仕方を知らぬ筈は無いのに、いつだって緩く着ている。今日だって胸が薄く開いており、そこから腹筋が細く見えた。
「遅い。我を待たせるな」
「悪ぃって言ってんじゃねーか。今日はちっとな」
 本当に心の底からすまなそうな顔をする男に溜飲を下す。自分が当主であるのと同時に、元親もまた同じ立場にあるのだ。普段そうとは思えぬ挙動ばかりであるが、いつだって巫山戯てばかりでは国が立ちゆかぬ。
 分かっていて不満を漏らす程子どもでもなければ、分からず屋でもない。
「して、今日は何用だ」
 そろそろ梅雨に入るか入らないか、という時分である。時期を見誤れば大雨に遮られて帰還が叶わなくなる。そんな時期に呼びつけたのだから、さぞ大事であろう。そう思っていたのだが、当人はそんな事全く考えておりませんでした、という色を見せた。
「長曾我部?まさか何も考えていなかったとは、」
「言わねーよ。そろそろ来るはずだが……」
作品名:夜船 作家名:nkn