夜船
そわそわと落ち着きの無い調子で廊下へと視線を向ける。何を待っているのだろうか。あまりに長く微睡んでいたからだろうか、上手い事思考が繋がらない。首を傾げながら元親と同じ方向に視線を流した。
待って数秒も経っていないというのに、もう待ちきれなくなったのだろうか。一度座った畳からまた立ち上がり廊下へと近付く。
「いいや。取ってくるからもちっと待っててくれや」
こちらの返答を待たずにばたばたと足音を立てながら遠ざかる。
何を待っていたのか。何故自分は呼ばれたのか。自分はどうして素直に招きに応じたのか。
暇に飽かせて深く考えそうになり、静かに首を横に振った。
戻ってくるまで差ほど時間は必要としなかったらしい。
盆を持ち顔を緩めながら戻ってきた。その顔を一瞥し、再び庭へと視線を流す。確かに盆の上に乗っている物は好物に該当するが、喜んで見せては餌付けされているようではないか。
「あんた好きだろ?甘いもん」
とん、と静かに畳に直接置いた。大振りの更にでん、と乗ったぼた餅はなかなか目に快い物があるのは、自分が甘味を好いているから、というだけではないだろう。時期は少し外しているが、この時期に作ってはいけないという事は無い。何かに使うのだろうか。
湯さましには既に湯が注いであり、手早く元親の節ばった手が急須に注ぎ入れる。
待っている間に、ぼた餅が前に差し出された。茶が入る前に手を付けるほど無粋でもなく、目を伏せるだけで礼をする。口で感謝を述べる所だか、気にしない性格の元親は鷹揚に受け入れるのでなぁなぁになってしまっているのだ。
時間を掛けて蒸らす間に会話はなかった。口喧しいかと思えば寡黙にもなる。変な性格をしていると思うが、指摘する気にはならない。
内心で数えていたのか、急須を傾け茶を注ぐ。ふわりと立ち上る香りは気持ちが良い。初めは当主手ずから茶を淹れる事に驚いたが、数度接待を受ければいい加減に慣れた。
茶托ごと寄越され大人しく受け取る。畳に置けば手で示されたので湯飲みだけ持ち上げ、口に含む。
舶来の物も良いが、やはり煎茶は良い物だ。そう思いながら表情がつい緩む。元就の表情を見て元親はそれ以上に顔を緩めた。
「なんだ、気味の悪い」
「相変ッわらず失礼だなあんた。ほれ、夜船も食えよ」