親分がちょっと本気を出すそうです。
手の込んだ昼食を平らげ、4時までは中休みになる。カウチに寝そべるやいなや寝息を立て始めたスペインの腹にブランケットを掛けてやり、床にクッションを置いて凭れたプロイセンは本のページを捲る。
太陽の日差しがきつい昼間は家でシエスタするのがスペインの慣習だ。ドイツにそんな習慣はない。曇天続きの北方に暫くいた事もあってか太陽の日差しが恋しく思えたが、それは数時間だけの事だった。畑で作業している間、カンカンと照りつけ、肌を焼く太陽は容赦ない。その日差しを避けて、日差しも和らいだ夕方に仕事をするほうが効率的だ。朝は早く起きて昼まで働いて、他所の国の人々が漸く仕事を切り上げる時間になって仕事を初め、遅い日没まで働いて、遅い飯を食いにバルに出掛けて騒ぐか、家でスペインが作った夕食を食べてふたりでまったりとDVDを観るか。…そんな生活にも漸く慣れた。昼寝の習慣のないプロイセンはスペインが寝ている間は本を読むか、ネットサーフィンに精を出して時間を潰す。時々、弟のドイツから来るメールや電話での相談事に乗ってやったりと、二十年前は考えられなかったまったりとのんびりとした時間を過ごしている。そのまったりさ加減が時間に追われるように生きてきた自分にはイラつくばかりだったが、環境にひとは馴染むものらしい。スペインの腹部に頭を凭せて、プロイセンは息を吐く。
『俺が好きなんは、お前や。プロイセン』
どこまで本気にしていいのか解らない。流されるのは簡単だが、破綻したときに気の置けない「友人」と言う今まで通りのポジションまで無くしてしまうことが怖いと思う。
「このままでいいじゃねぇか…」
スペインのことは好きだ。フランスと違い、余計な柵みがない分、甘えられた。馬鹿やって騒いで、それが一番心地がいい。その間に愛だ恋だなんて、女じゃあるまし、馬鹿みたいだ。プロイセンは本を閉じ、立ち上がる。開け放たれたテラスに出れば熱い風が頬を撫でる。それと同時に荒れた指先が頬を撫でた感触を思い出し、プロイセンは赤面した。
(…こんなの俺様じゃねぇ!!)
何で、スペインの言動にびくびくしないといけないのだ。触れられただけで焦る自分に腹が立つ。そして焦る自分を見て、目を細めるスペインにも。でもその目が揶揄っているのではなく、触れたいのだと熱を持って、自分を見つめていることに気づきたくはなかった。
(…トマトの収穫が終わったら、帰ろう)
こんな熱いところ、自分には合わない。スペインの隣には自分よりも、ロマーノだったり、明るい陽気な美女が似合うと思う。収穫が終わるまで逃げ続ければ、スペインも諦めるだろう。気の迷いだったと早く気づけばいいのだ。
「ギルベルト!」
突然、声を掛けられ物思いに耽っていたプロイセンは肩を震わせた。きょろきょろと辺りを見回せば、スペインのお向いに住むアニタが手を振った。
「よう!シエスタの時間じゃねぇのかよ?トーニョはもう昼寝してるぜ」
「そうなんだけど。ちょっと出掛けないといけなくなって。姉さんに子どもが生まれそうなの」
「そりゃ、おめでとう。その子どもにどうか、神の祝福があるように祈ってるぜ」
「ありがとう」
アニタは笑うと思い出したように手にしていた籠を差し出した。
「良かったら食べて。父さんがいっぱいもらってきたの」
「桃だな。有難う。トーニョにも言っとく」
「うん」
きれいな顔をして笑うアニタにプロイセンは目を細める。彼女がスペインに想いを寄せているのを気づかない訳がない。応援してやりたい気持ちはあるのだが、人の生は短く、国の生は悠久だ。余計なお節介を焼くのも気が引けて見守っているのだが、鈍感なスペインが気づく気配はまったくない。挙句の果てに腐れ縁の悪友を掴まえ、好きだとのたまってきた。アニタと俺、俺がスペインだったら間違いなくアニタを取る。
「行かないと。じゃあね。ギルベルト」
「おう。気をつけてな」
手を振って、待っていたらしい車に乗り込んだアニタをギルベルトは見送って、籠の中を見やる。まるまると瑞々しそうな白桃が五つ。冷水に冷やされていたのか産毛には小さな水滴が付いている。プロイセンは部屋に戻り、テーブルに籠を置いて、ひとつ手に取る。薄皮を剥き、実に齧り付けば果汁が溢れ、顎と腕を汁が伝う。
「甘い」
二口目を齧ろうとして、ぐいっと腕を引っ張られた。
「…あまい、においがする…」
振り返れば半分眠りにあるのか、融けた緑が瞬いた。
「お前も食う…、っ!!」
掴まれた腕。肘から落ちそうな雫をべろりと熱い舌が這う。スペインは濡れたプロイセンの指を舐めて、手にした桃の実に唇を寄せた。白い歯が柔らかい果肉を食んだ。
「…甘いなぁ」
喉が嚥下する。体を起こしたスペインがプロイセンの顎を掴む。顎を舌が滑る。それに身を硬くしたプロイセンにスペインは目を細めた。
「…嫌なら、嫌やってハッキリ言わんと、俺、やめたらんよ?」
「…いやだ」
それに蚊の鳴く様な声でプロイセンはそう返した。それに、スペインは掴んでいた手を放す。それにほっと息を吐いて、プロイセンは弛緩した。
「…自分、油断しすぎやで」
「……何で、お前のとこまで気ぃ張らねぇといけねぇんだよ」
赤い目で睨めばスペインは溜息を吐いた。
「俺、言うたやろ。お前のこと好きやって」
「………言われたけど…」
「俺の好きは、キスしたいしセックスしたいって言う好きや」
「……お前、俺で勃つのかよ?」
スペインの言葉にプロイセンは首を傾ける。それにスペインは深い溜息を吐いた。
「証明したろか?」
「……遠慮しとく」
「それがええやろな。俺、無理矢理は好きやないねん」
スペインは起き上がると、部屋を出て行く。それを見送り、プロイセンは手にしたままの桃を齧る。甘い果汁が口の中に広がる。それが何だか切なく思えて、むしゃむしゃと頬張れば、スペインが戻って来た。
「子どもみたいな食い方してからに。口の周り、べとべとや」
濡らしたタオルで口の周りを拭われ、プロイセンはスペインを睨む。睨まれたスペインは困ったように笑った。
「…どーせ、俺はガキですよ。お前より年下だしな」
ふいっと顔を背けたプロイセンにスペインは眉を下げた。
「子どもみたいなこと言いなや。どうしたん?」
「……あんなこと言った後で、俺をガキ扱いするお前の態度が気に食わないだけだ!」
キスしたいだとか、セックスしたいだとか…そんなことを思っていたなんて思いもしなかった。そんなことを口にしておきながら、こうやって、子ども相手にあやすようなことを言うのだ。…プロイセンは手にしていた桃をスペインの口元に付きつける。それにびっくりしたように瞬いたスペインは歯を立てて、桃を齧った。じゅるっと汁を啜る音。手首を捕まれ、実を食らっていくスペイン。手のひらには種が残る。手のひらにべったりと残る果汁を舐めて、スペインは顔を上げた。
「…お前の血に飢えたような戦場での顔も、今みたいな子どもっぽいとこもひっくるめて、俺はプロイセンが好きやねん」
上がった視線をプロイセンは見下ろす。新緑を見つめればその目は揶揄っているようには見えない。
「…今まで通りじゃ、駄目なのかよ」
「無理や。もう、好きやって気持ち抑えられへん」
太陽の日差しがきつい昼間は家でシエスタするのがスペインの慣習だ。ドイツにそんな習慣はない。曇天続きの北方に暫くいた事もあってか太陽の日差しが恋しく思えたが、それは数時間だけの事だった。畑で作業している間、カンカンと照りつけ、肌を焼く太陽は容赦ない。その日差しを避けて、日差しも和らいだ夕方に仕事をするほうが効率的だ。朝は早く起きて昼まで働いて、他所の国の人々が漸く仕事を切り上げる時間になって仕事を初め、遅い日没まで働いて、遅い飯を食いにバルに出掛けて騒ぐか、家でスペインが作った夕食を食べてふたりでまったりとDVDを観るか。…そんな生活にも漸く慣れた。昼寝の習慣のないプロイセンはスペインが寝ている間は本を読むか、ネットサーフィンに精を出して時間を潰す。時々、弟のドイツから来るメールや電話での相談事に乗ってやったりと、二十年前は考えられなかったまったりとのんびりとした時間を過ごしている。そのまったりさ加減が時間に追われるように生きてきた自分にはイラつくばかりだったが、環境にひとは馴染むものらしい。スペインの腹部に頭を凭せて、プロイセンは息を吐く。
『俺が好きなんは、お前や。プロイセン』
どこまで本気にしていいのか解らない。流されるのは簡単だが、破綻したときに気の置けない「友人」と言う今まで通りのポジションまで無くしてしまうことが怖いと思う。
「このままでいいじゃねぇか…」
スペインのことは好きだ。フランスと違い、余計な柵みがない分、甘えられた。馬鹿やって騒いで、それが一番心地がいい。その間に愛だ恋だなんて、女じゃあるまし、馬鹿みたいだ。プロイセンは本を閉じ、立ち上がる。開け放たれたテラスに出れば熱い風が頬を撫でる。それと同時に荒れた指先が頬を撫でた感触を思い出し、プロイセンは赤面した。
(…こんなの俺様じゃねぇ!!)
何で、スペインの言動にびくびくしないといけないのだ。触れられただけで焦る自分に腹が立つ。そして焦る自分を見て、目を細めるスペインにも。でもその目が揶揄っているのではなく、触れたいのだと熱を持って、自分を見つめていることに気づきたくはなかった。
(…トマトの収穫が終わったら、帰ろう)
こんな熱いところ、自分には合わない。スペインの隣には自分よりも、ロマーノだったり、明るい陽気な美女が似合うと思う。収穫が終わるまで逃げ続ければ、スペインも諦めるだろう。気の迷いだったと早く気づけばいいのだ。
「ギルベルト!」
突然、声を掛けられ物思いに耽っていたプロイセンは肩を震わせた。きょろきょろと辺りを見回せば、スペインのお向いに住むアニタが手を振った。
「よう!シエスタの時間じゃねぇのかよ?トーニョはもう昼寝してるぜ」
「そうなんだけど。ちょっと出掛けないといけなくなって。姉さんに子どもが生まれそうなの」
「そりゃ、おめでとう。その子どもにどうか、神の祝福があるように祈ってるぜ」
「ありがとう」
アニタは笑うと思い出したように手にしていた籠を差し出した。
「良かったら食べて。父さんがいっぱいもらってきたの」
「桃だな。有難う。トーニョにも言っとく」
「うん」
きれいな顔をして笑うアニタにプロイセンは目を細める。彼女がスペインに想いを寄せているのを気づかない訳がない。応援してやりたい気持ちはあるのだが、人の生は短く、国の生は悠久だ。余計なお節介を焼くのも気が引けて見守っているのだが、鈍感なスペインが気づく気配はまったくない。挙句の果てに腐れ縁の悪友を掴まえ、好きだとのたまってきた。アニタと俺、俺がスペインだったら間違いなくアニタを取る。
「行かないと。じゃあね。ギルベルト」
「おう。気をつけてな」
手を振って、待っていたらしい車に乗り込んだアニタをギルベルトは見送って、籠の中を見やる。まるまると瑞々しそうな白桃が五つ。冷水に冷やされていたのか産毛には小さな水滴が付いている。プロイセンは部屋に戻り、テーブルに籠を置いて、ひとつ手に取る。薄皮を剥き、実に齧り付けば果汁が溢れ、顎と腕を汁が伝う。
「甘い」
二口目を齧ろうとして、ぐいっと腕を引っ張られた。
「…あまい、においがする…」
振り返れば半分眠りにあるのか、融けた緑が瞬いた。
「お前も食う…、っ!!」
掴まれた腕。肘から落ちそうな雫をべろりと熱い舌が這う。スペインは濡れたプロイセンの指を舐めて、手にした桃の実に唇を寄せた。白い歯が柔らかい果肉を食んだ。
「…甘いなぁ」
喉が嚥下する。体を起こしたスペインがプロイセンの顎を掴む。顎を舌が滑る。それに身を硬くしたプロイセンにスペインは目を細めた。
「…嫌なら、嫌やってハッキリ言わんと、俺、やめたらんよ?」
「…いやだ」
それに蚊の鳴く様な声でプロイセンはそう返した。それに、スペインは掴んでいた手を放す。それにほっと息を吐いて、プロイセンは弛緩した。
「…自分、油断しすぎやで」
「……何で、お前のとこまで気ぃ張らねぇといけねぇんだよ」
赤い目で睨めばスペインは溜息を吐いた。
「俺、言うたやろ。お前のこと好きやって」
「………言われたけど…」
「俺の好きは、キスしたいしセックスしたいって言う好きや」
「……お前、俺で勃つのかよ?」
スペインの言葉にプロイセンは首を傾ける。それにスペインは深い溜息を吐いた。
「証明したろか?」
「……遠慮しとく」
「それがええやろな。俺、無理矢理は好きやないねん」
スペインは起き上がると、部屋を出て行く。それを見送り、プロイセンは手にしたままの桃を齧る。甘い果汁が口の中に広がる。それが何だか切なく思えて、むしゃむしゃと頬張れば、スペインが戻って来た。
「子どもみたいな食い方してからに。口の周り、べとべとや」
濡らしたタオルで口の周りを拭われ、プロイセンはスペインを睨む。睨まれたスペインは困ったように笑った。
「…どーせ、俺はガキですよ。お前より年下だしな」
ふいっと顔を背けたプロイセンにスペインは眉を下げた。
「子どもみたいなこと言いなや。どうしたん?」
「……あんなこと言った後で、俺をガキ扱いするお前の態度が気に食わないだけだ!」
キスしたいだとか、セックスしたいだとか…そんなことを思っていたなんて思いもしなかった。そんなことを口にしておきながら、こうやって、子ども相手にあやすようなことを言うのだ。…プロイセンは手にしていた桃をスペインの口元に付きつける。それにびっくりしたように瞬いたスペインは歯を立てて、桃を齧った。じゅるっと汁を啜る音。手首を捕まれ、実を食らっていくスペイン。手のひらには種が残る。手のひらにべったりと残る果汁を舐めて、スペインは顔を上げた。
「…お前の血に飢えたような戦場での顔も、今みたいな子どもっぽいとこもひっくるめて、俺はプロイセンが好きやねん」
上がった視線をプロイセンは見下ろす。新緑を見つめればその目は揶揄っているようには見えない。
「…今まで通りじゃ、駄目なのかよ」
「無理や。もう、好きやって気持ち抑えられへん」
作品名:親分がちょっと本気を出すそうです。 作家名:冬故