私には名前がない
「みんな、静かに」
漣のようなざわめきの中で、彼女の声はよく通った。
教師だというまだ年若い女は、私を傍らに立たせて教室を見渡す。私も少し緊張しながら、密閉された空間を見渡した。好奇や或いは無関心な視線が突き刺さる。どんな感情を持っていても、子供の目というのは無遠慮なほどに真っ直ぐだ。
学校、というものに近づいたのは確か五十年ぶりくらいだったか。とにかく久しぶりすぎて勝手が思い出せず、私は少し不安になった。しかしすぐに思い直す。この黒い服に身を包み学業に勤しんでみるのは、あくまで手段であって目的ではない。ならば多少学生らしく振舞うことに失敗しても、大したことではないだろう。
私は《宝探し屋》だ。《秘宝》の呼び声を探すのが仕事なのだ。
「今日からみんなと一緒に学ぶことになった転校生を紹介します」
教壇に立った若い教師が促すように私に視線を向けた。
私は少し顎を引いて、背筋を伸ばす。手に入れたばかりの名前は些か発音が難しい。私は殊更ゆっくりとその名を告げた。
「ハバキクロウ、です。よろしく」
さて、此処に眠れる《秘宝》はどのような声で私を呼ぶだろうか。