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留守居の役目

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さら、と風が流れる。穏やかな時間はとても良い物だ。思いながら半兵衛は溜息を吐いた。家人は留守ではあるが、その温もりは残っている。一時家を空けているだけで、時が経てば必ず帰還するのだから、決して目くじらを立てるような事ではない。
 普段から入り浸っているので遠慮など無い上に、する事など幾らでもある。
 一番涼しい部屋に陣取り、文机に書を広げだらしなく頬杖を突き目を細めながら視線を落としていた。勿論そんな事家人が居れば出来ない動作である。何故ならば出来る限り彼が、或いは彼女が居る場合は気を張り決してみっともない姿を見せない様にしている。それはただの意地であると自覚していたが、それでも背を伸ばすの充分な理由であった。
 そう、彼はただの留守番である。そして決して来客など居ないであろうと半ば思いこんでいたのだ。
 涼やかな流れにふっと甘い匂いが鼻腔まで届いてきた。顔を上げればそこには発信源であろう少年。半ば反射的に眉を顰めた。あからさまなまでに大きく溜息を吐き、頬杖を解いた。
「残念だったね、慶次君。秀吉とねね殿は外出中だ。さっさと帰る事だね」
 先手を取って挨拶もせずに本題を切り出せば、慶次もまた苦い顔を浮かべた。眉間に皺を寄せている。恐らく一瞬で感情が沸騰したのであろう。慶次の感情はまるで瞬間的に爆発する。有る程度までは読み促し、或いは制御する事も出来る。…あくまで有る程度であり、また慶次と共に居ると半兵衛自身の神経がささくれだっていくためになかなか成功した試しなど無いのだ、が。半兵衛は自身が冷静であれば或いはもっと成功率が上がると信じている、そう、頑なに。ねねに笑われようと、秀吉に諭されようと一向変わらない性質である。
 立ち上がり、縁側まで歩み寄りそこから慶次を見下ろしながら目を細めた。先刻までとは打って変わって冷え切っている。案の定、気分が急降下しているのだ。
 様子にうっと言葉を詰まらせながら慶次は口火を切った。
「関係ないだろ、お前が居るって言うんなら俺も居て好いはずだ」
「へぇ、随分な自信だねぇ」
 すぅ、と今度は愉快げに目を細め、口の端を持ち上げた。得体の知れない表情にじりじりと慶次がずり下がる。
「家に上げて良いかどうかの権限も僕が任されているんだよ?秀吉に、」
作品名:留守居の役目 作家名:nkn