留守居の役目
その笑顔のままゆっくりと膝を曲げしゃがみ、慶次に視線を合わせ首を傾げて見せた。「さて、じゃあ君はどうするのかな?」
「うっ…いや、それは…」
段々声が下がっていく。辛うじて聴き取れる程度の大きさでぽそり、と帰ろうかなぁ…と言うのを拾った。
「まぁ別に構わないんだけどね、上がっていっても。まぁ帰るんなら言づて位なら聞いて上げても構わないよ」
「上げてくれるんじゃねーか!」
急に機嫌が上がったのか、それとも強気になったのだろうか。顎を上げてきっ、と半兵衛を見上げる。未だ成熟しきらない瞳はあどけなさを残していて何故だか癪に障った。
「…秀吉の客人だからね。上げておかないとねね殿に怒られる」
深く息を吐きながら立ち上がる。一度ふらりと立ち眩みが起き、眉間に皺が寄った。堪えるために小袖を握り込む。どうにも、太陽の下と急な体勢変更は辛いらしい。
それだけの事だというのに、心配そうな顔をして慶次が駆け寄ってきた。一体誰に似たのやら、どうにもお人好しのきらいが有る。将来が不安になる様な性質である。全く周囲の人間は何も言わないのだろうか。そう思って頭を振った。
そもそも、秀吉だってねねだって放任ではないか。
伸ばされた慶次の指先を柔らかく払い、一人足早に室内へと戻る。
茶を出してやる理由も義理もない。お互い勝手などとっくに知り尽くした他人の家なのだから、喉が渇けば自分で入れれば良いのだから。
「なぁ、何読んでるんだ?」
「君には関係ないだろう。部屋はここ一つでは無いのだから、どこへなりと行けばいいじゃないか」
半兵衛の言い草慶次が眉を顰めたが、本に視線を落とし始めた本人は気付かない。じりじりと後ろからにじりより、背後から覗き込んだ。ちらり、と視線を向けただけで放置すれば、それを了承と取ったのだろうか。半兵衛の背中にべったりと張り付き、どうどうと字を追う。
「柄にもねぇ話読んでるなぁ」
のっしりと重く圧し掛かっている慶次の体温は熱い。冬ならば充分に暖房器具として扱えそうだが、今は別段熱を所望しているわけではない。
「うるさいよ。邪魔をする位なら向こうに行っていてくれたまえ」
慶次が覗いている肩とは逆の手を伸ばし、額を押して除けようとしたが、逆に興味をそそってしまったらしい。案外真剣に見入る慶次を無碍に押し退けられず、不機嫌に鼻を鳴らした。