かえりみち
「じゃあ、今度は逆な」
たどり着いた自分たちの家に兄さんは小走りで玄関をくぐりぬけると、くるりと俺の方を振り返った。
「ヴェスト」
「あぁ……」
夕陽はすっかり沈んで、もう夜だ。
兄さんが出かける時に点けていったらしい玄関灯は柔らかく灯り、窓からはオレンジの光が漏れる。
温かな家の光。迎えてくれる人のいる家。差し出される、あなたの手のひらのぬくもり。
「おかえり、ヴェスト!」
「…ただいま、兄さん」
手を取って門をくぐり、その両肩を強く抱く。
近づきあった金と銀の髪がわずかに触れた。
「お、おい、ヴェストっ!」
「兄さん……」
自分より幾分が低い背。細い肩を、強く抱き締める。
「ただいま、兄さん」
この肩と並びたかった。この肩に触れたかった。
思い出の中のあなたはいつだって優しく笑っていて、温かくて。
離れてしまったあの日から、ずっと、今度こそあなたを手にいれたかった。
「……ったく、お前はいつまでも甘えっ子だな、ヴェスト」
強く抱いた腕の中で、あなたが笑う。
「いつの間にか俺よりでかくなりやがって……このムキムキ」
胸におろした鉄十字の首飾りを手にとり、ちゅ、と音を立てて唇を触れてみせると、兄さんはにやりと笑った。
「あとちょっとの我慢もできねぇのか?」
イタズラに笑うその笑顔が愛しくて、不意に口元が緩む。
あなたの笑顔は、昔から変わらない。
「……あなたに似て、あまり我慢が得意じゃないんだ」
額に軽く唇を当てて、音を鳴らす。銀色の髪が、くすぐったそうに揺れた。
「今までずっと我慢してきたんだ。これ以上はもう許してくれないか」
あなたは手の届かない月のようにさえざえと、夕陽のように暖かい。悠然と強く生きる黒鷲は、俺には届かない空を渡るように思えて、不安さえ浮んだ。
もう、二度と。あなたと離れて生きる道など、進みはしない。
この腕に包んだあなたを、けして離しはしないから。
「もう一度……」
「あん?」
「……おかえり、兄さん」
「あぁ、ただいま。ヴェスト」
END