かえりみち
「ヴェスト?」
たそがれを見つめて物思いにふけって歩いていると、急に名前を呼ばれた。
「……っ?」
「ヴェスト! おー、珍しく今日は早いな! 仕事終わったのか?」
「兄、さん?」
いつの間にいたのか、温かそうなコートに身をまとった姿が夕焼けの中に現れた。
呼ばれた名に答えると、逆光になった影は小走りに近づいてくる。先ほどまで思い出の中にいたその人は、確かに自分の目の前で無邪気に笑った。
「すげー偶然だな! 散歩してたら、前からお前がぼーっと歩いてきたんだぜ? さっきからずっと名前呼んでるのに、ヴェスト全っ然気付かねぇでやんの! 夕陽見てなに考えてたんだ、このムキムキ!」
「兄さん……。いや、別に……なにも」
夢と現実がごっちゃになったような感覚に戸惑う。隣に並ぶと、銀髪のその姿は、俺の少しだけ前を歩いた。
「一緒に帰るだろ?」
首だけを振り返らせて、にっ、とイタズラに笑う。
「あぁ……」
まるでさっきまで思い出していた、遠い日のようだ。
夕焼けの中、自分より少しだけ前を歩く。昔と違って、あなたより高く伸びた俺の身長は、もうあなたを見上げることはないけれど。
「……兄さん」
「あん?」
「……手を、つないでくれないか」
自分でも驚くようなことを言ってしまった、と思う。
「ヴェスト?」
「……昔のように」
胸を刺すような夕陽に、感傷的になっている自分を感じる。
こんな風に兄に甘える自分など、らしくもない。
「もちろん、いいぜ! ったく、ヴェストはいつまでたってもしょーがねぇーなぁ、ほら!」
満面の笑みを浮かべて、俺の手を取る。
あぁ、本当に、まるであの日のようだ。
俺を見て、心底から嬉しそうに笑うあなたの、その温かさに、俺はいつだって安心し、嬉しかった。
あなたに好かれていることが俺の自慢のようで。
あなたと、ずっと手をつないでいたかったんだ。
「……兄さん」
「ん?」
夕陽の中、逆光に溶けたあなたが、無邪気に笑う。温かく微笑む。
銀色の髪が夕陽にキラキラと輝いて、真紅の瞳は太陽そのもののようだ。
「……おかえり、兄さん」
「おいおいヴェスト、帰ってきたのはお前のほうだろ?」
「いや、これでいいんだ」
「?」
一度は手放してしまったこの手が、再び俺と共にある。
一度は沈みかけたこの真紅の光は、まだこうして、俺に笑いかける。
あの遠い日のように、二人で。
俺はずっと、あなたと夕陽の中を歩いていたかった。
「まったく…」
うつむく俺に、あなたが小さく息をついて、困ったように笑う。
「ただいま、ヴェスト」
「……ありがとう、兄さん」
笑う。暁の光のような、強い瞳。
この光は、俺にとっての太陽そのものだ。